ビルに願いを。

コンコン、とブースの壁をノックして社長が中に入っていく。

「なに?」とだるそうに反応する丈さん。後ろに私がいるのを見てチラリと嫌な顔をする。

「よう。杏ちゃん意外と素質がありそうだから、ちょっと鍛えてみてよ」

社長はさっきの私とのやり取りを、丁寧に繰り返して丈さんに聞かせた。

恥ずかしくて消えたい。なんでそんなに細かく覚えてるのか、頭いい人って嫌。

「で? 俺にどうしろって?」

丈さんは笑うでもバカにするでもなくスルー。安定の無関心に喜ぶべきか、悲しむべきか。

「うちのエンジニアにしてって言うなら無理だよ。初心者にいちから教えるほど暇がない」

「お前とチームで何か成果出してくれればいいよ。自分でご指名なんだから問題ないだろう? 杏ちゃんは正式にお前のところに配属するから」

「意味ない」

「役に立たないってことになれば、かわいそうだけどクビにするしかないかな」

「できないんだろ、日本の契約だと」

「3ヶ月は試用期間なんだ。明らかに力不足がわかったら、本採用しない道はある」

ええ!でもスタッフ採用なのに!エンジニア部門で役に立てなんて聞いていません!

言えるわけもなく社長の後ろでおろおろし始めた私に気づいて、丈さんはまた嫌そうな顔をして目を逸らした。

「何がしたいの、誠也」

無表情に戻った顔で丈さんが社長に向き合う。10歳ぐらいの年の差がありそうだけど、背は2人とも高くて目線は同じ。

そしてタメ口なのにやはり丈さんが下に見える。でも上司というより兄弟みたいだ。

「前に進むんだよ、ジョー」

社長は静かに一言そう言って、「気楽にやってよ、杏ちゃん。きみならできる」と麻理子さんと似たような励ましの声を私に掛けて行ってしまった。



丈さんは自席の画面にもう向き直ってる。

だよね、これでいきなり私に「クビにならないように頑張ろうな」とか言ってくれたらかえってびっくりする。

そっと私も自分の椅子に座って、窓の外を見る。今日は曇り空で、東京タワーもどんより気分でいるようだ。

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