ビルに願いを。
あれ以来、敬語をやめたせいか彼との距離は縮まった気はする。今日みたいに、本当のチームメイトみたいに会話している時もある。
それでも見えない壁がある。私と彼の間に、彼と他のみんなの間に。
当たり障りなく話す、何か聞かれたら丁寧に教える。でもそれだけ。最近の丈は誰にでもそんな感じ。
むしろ私の特別感は消えちゃった。もう置物でもなく、ただの部下だ。もっと近づいてみたいのに。
……クビにならないためだよ。下心はないよ。
いきなり彼を変えるのは無理だとして、レビューをみんながもっとしたくなる雰囲気にできないかと考えている。確かにチーム内の交流は密なようだが、他のブースで誰が何をしているのかはあまり興味がないんだ。
例えばやる度にスタンプが貯まるとか、時々大当たりで5倍とか。単純だけど、ポイント集めるのって楽しいでしょう。
白い紙に落書きしながら妄想を広げていく。
ルーレットが回って5倍スタンプ獲得!
それで『レビューありがとうスタンプ』がたまったら、じゃーん! 丈くんのレビュー解説講座です!
無表情の丈の似顔絵に「教えてやろうか?」と吹き出しをつけた。
似てるかも、これ。麻里子さんに見せたい。さすがに仕事中にふざけすぎって言われるかな。
はっと気づいたら丈が不審そうにこっちを見ていて、慌てて勉強しているフリをする。
散らばったペンを元に戻して、似顔絵は見られないようにさりげなく腕で隠す。
1人でクスクス笑っちゃってたよね、今。頑張りすぎてちょっとおかしくなってるかも。気をつけよう。
さて、また頭を切り替えて勉強する前に、社内カフェにコーヒーを取りに行くことにしよう。
丈を誘ってみて、もちろん断られる。
「じゃあ何か持ってきますか?」
ちらっと見られて、またついうっかり敬語だったことに気づく。せめて文句の一つも言ってほしい。目で語るのだ、この人は。
「冷たい飲み物の方がいい?」
慌てて聞き直すと「自分で取りに行けるからいいよ」と結局やっぱり断られた。
でもね、前より断り方も感じが良いというか、なんとなく笑顔っぽかったりするんだよね。
それだけで嬉しいとか、ほんと最初がひどいと得だよね!
後からがっかりされるより、ずっといいと思う。私も最初からすね気味ならいいのかな。
いや、それならそもそも雇ってもらえない。無理無理。天才の真似なんてできるわけないか。