ビルに願いを。
そこへ麻里子さんが駆け寄って来た。あれ、やけに慌てている。
「杏ちゃん、丈から聞いてたの?」
「いえ、席にいないなと思ったら放送されてました」
「そう。いいことなんだけど急なのよね、本当に。こっちも今から緊急会議よ」
嬉しさ半分、ため息半分の麻里子さんに「私もそちらのお手伝いしましょうか」と聞いたら眉をひそめられた。
「杏ちゃん、自分が何をしてるかまたわかってないのね。私じゃなくて丈に張り付いていなさい」
哀れむようなその言葉に、嫌な汗が流れる。
私、また、わかってないの? 丈が動くきっかけになれたなんて自惚れてる場合じゃない?
「また何か間違ったことしちゃいましたか?」
「バカね、そうじゃなくて。丈のサポートがあなたの仕事でしょう。エンジニアチームに正式に配属されたのよ。スタッフの仕事なんて忘れなさい」
ホッとして肩の力が抜けた。大丈夫なんだ、よかった。丈にはサポートなんていらないはずでも、とにかく今回は張り付いてよく見ていよう。
しばらくしても丈が席に戻らないのでプレゼンエリアに移動すると、スタッフさんが急いで椅子を並べていた。全員入れる広さだけど椅子が足りないんだ。
手伝いたくなる手を引っ込め、丈を見つけて寄っていった。プロジェクターの映りを確認しているところだ。
「準備して。杏には最初にツールの説明してもらう。さっき俺が話したことでいいから」
調整しながら気軽に指示された。いいからってそんな気軽に言われても、人前でプレゼンとかしたことないし、全部理解したか自信ないのに。
「できるよ、俺が保証する」
私の不安を読み取ったのか、顔を上げて微笑み、社長みたいな励ましをくれた。心なしか笑顔も似ている気がする。
仲良いんじゃないの、本当は。
「兄弟みたい」
「何が?」
「励まし方が社長に似てる」
「半分だけね」
え? そうなの? 半分って、血の繋がりが? 離婚、再婚があったのか。家庭も複雑だとわかって、なんて答えればいいかわからない。
「そんなのどうでもいいから、まず1回俺に説明してみて」
言われて慌てて集中した。何かを断る選択肢は、今日もないのだ。