ビルに願いを。

そんな奇跡に感謝しつつ、欲を出して、朝の東京タワーが見たいと窓に沿って歩き出してみる。

窓際をぐるりと回れるようにはなっていない。

内側に曲がってウロウロと進んだところで、床にたくさんビーズクッションがあるリラクシングエリアに迷い込んでしまった。

カフェスペースや図書室、ゲームコーナーなどがドアなしに複雑に配置されているせいで覚えにくい。

あえて遊び心のあるデザインらしいけど。

どういう会社なの、これ。遊び心というより遊びばっかりでしょ。お金持ちの考えることはよくわからない。



そっと横切ろうとしたリラクシングエリアでは、電気の消えた薄暗がりの中、大きなマッサージチェアに誰かが寝ていた。

泊まり込んだエンジニアさんかな。赤いフリースの毛布が膝から落ちそうになっていて、寒いのか細い身体を窮屈そうに丸めている。

近づいてみて、こんな人いたかなぁと覗き込んで考える。30人もいないエンジニアさんの顔は覚えたかと思ったけど。

寝ていてもわかる、整った顔の若い東洋人。東南アジア系の人も多い会社だけど、この人は日本人ぽい。

コーヒーカップをチェアのホルダーに置かせてもらって、毛布を掛け直してあげることにした。こんなに縮こまってて身体が痛くなりそう。



あれ、髪が引っかかった。何、どこ、金具?

慌てて頭を振ったら髪が触れてしまったのか、「ん?」とエンジニアさんを起こしてしまったみたいだ。

寝起きの掠れた声で「ケイティ?」と優しく髪を撫でられた。

ごめんなさい違います!と思った時には身体ごと引き寄せられていて、ひゃ!と叫んで離れた拍子に髪が数本引きちぎれた。

うー。

痛みに頭を押さえてから目をあげたら、目を覚ました彼が無言でこちらを凝視している。怪しげなものを見たって顔だ。

いえ、怪しいものではありません。あなたのケイティではないですが!

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