ビルに願いを。
麻里子さんは微笑んでいてくれるので、ちょっと気が大きくなって2人に聞くことにした。
「一時帰国だけでもさせてあげられないんですか?」
「まだダメだな。あれだけじゃ成果とは呼べない」
さっきと言ってることが違う。飴とムチか。
でもお兄さんなのに。結局仕事ができるから大事にしてるってことなの? そういうのって、私のママと同じじゃないか。
「ジョーはね、今のままじゃダメなんだよ」
「元通りに戻らなきゃってことですか」
泣きそうな変な声が出たのがわかった。落ち着け、私。この人はママじゃない。
「戻る? それは違うかな。いつまでも止まってたらダメってこと」
そういえば『前に進むんだ』そう言っていた。
「若いうちの勢いだけで終わってく奴はいる。でもジョーはそんな器じゃないんだ。フェニックスが飛び立つためにはあいつが必要なんだよ」
会社のためか本当に彼のためを思ってるのか、やっぱりわからないな、この人。自信ありげで優しそうに見えて、実はあっさりとダメな人を見限るタイプかもしれない。
ああでも、私の偏見なのか。頭がクラクラしてくる。
「一時的にでも帰すには、条件が3つあるかな。 あいつが引きこもるのをやめること、本物のチームを作ること」
そこまで指を立てて2つ数えて、人が悪そうな笑みを浮かべる。3つめは、何?
「このことはジョーには言わないこと」
なんだ、やっぱり丈をコントロールしたいんだ。兄としても上司としても、支配下に置きたいのね。なんかがっかり!
「わかりました」
失礼を承知で短く答える。家族なのに、そんな風に条件付きなんて。
本物のチームか。本物のエンジニアとね。
偽物で悪かったな!
「引きこもりって、ビルの中にいつもいるっていう意味ですよね。丈には言わないで、外に出てもらって、本物のエンジニアとチームを組ませる。やってみます」
どうやってやるのかわからないくせに、偉そうに言ってしまった。
ん? でも引きこもりは確かにそうみたいだけど、仕事的には困ってないのに。
「頼もしいな。期待してるよ」
苦笑いする社長にお辞儀をして退席した。