ビルに願いを。
「また願い事?」
いつのまにか、丈が隣に立っていた。驚いたけど、うっすら期待してたかもしれない。最後に2人で話したいとか、ずるいな私。
「丈の願いが叶いますようにって」
「杏は人のことばっかりだな。酔っ払い達が探してたよ。乗り物酔いしてるやつもいるし、行かなくていいけど」
風で暴れている私の髪をさりげなく抑えてくれる。
「楽しかった?」
「楽しかった。ありがとう、丈。隣で働けて、すごく勉強になった」
「お礼を言うのは俺の方だけど。これで終わりじゃないだろ?」
「ううん、遠足用のアプリだもん」
「だから、俺が関わってるのにそんなに簡単に終わらせないって。もうちょっと作り込んで、誠也にビジネス利用させるから。画像処理に強いジンとデータ解析専門のイラには、もう協力頼んである」
やっぱりね、ちゃんと先々までもう何か考えてある。
「すごいね」
「他人事じゃないだろ?」
「私は、丈がやる気になるまでって約束。また就職活動してみようと思って。麻里子さんがどこかに紹介してくれるかもしれないし」
追い出される前に、自分で動いた方がいいのかなって思ってる。丈は、面白そうにふっと笑った。
「杏が抜けるならやらないって誠也に言う」
「どうして?」
「言わなきゃわかんない?」
欄干に手を掛けたまま、丈が私の目を覗き込むように近づいてくる。久しぶりに見た切なげな目に吸い込まれそうな気がした。
「ダメなの」
全部吸い込まれちゃう前に下を向いた。そういうのダメなの。頑張り屋のペットのままで消えようって決めたの。
「どこがビッチだよ」
言われて思わず目をあげた瞬間に、素早くチュッと音を立てるようにキスされた。またキラキラ光る生気のある目。
「俺の願いを叶えてくれるんだよね?」
願いって? 帰りたい、でしょう?
「ジョー? アンー? 逢い引き中悪いけど出てきてー」
イラだ。慌てて丈を振り払うように明るい方へ出て行った。全員での記念写真だって。
丈は少し遅れてきて、なにごともなかったようにパーティを楽しんでいた。いつの間にか、本当に周りと馴染んでいるのが不思議で、つい目が追いかけてしまった。
丈の願いを叶えるまではそばにいろってこと? アメリカに帰るまで?
女好きって本当なの? ケイティを思いながら、私のこともちょっとは好きになっちゃった?
ああダメだ。こんなキス一つで決意が揺らぐぐらいのバカだ。
あなたの願いが叶うように。そう願っていたのに。
今は何を願っていいのかわからなくなってきてる。