ビルに願いを。
腰に軽く手を添えたまま、パーティ会場に続いている静かなエリアに連れて行かれる。

何か言おうとしたけれど、いう隙がない。黙ったままでいるのに有無を言わせない態度。

エンジニアだってかばってくれたけれど、やっぱり怒っている。

嘘をついていたつもりはない。でも隠していた。

嫌な思いをしただろう、あんな扱いを受ける女が隣にいて。ああ、もしかしてフェニックスの名を穢したんだろうか。



「この辺り、誰も来ないように出来る?」

「かしこまりました」

ウエイターに告げてから窓に向かって何段かの階段を降りる。

照明を落としたフロアで窓向きの2人がけのソファに座るように私を促して、丈は自分も隣に座った。

謝ってちゃんと話そうと思って、でも何から、と迷っていると丈が全然無関係なことを口にした。

「ここ、杏の席だった場所の真上だよ」

見ると、目の前に東京タワー。見上げるようだった28階よりもずっと、肩を並べている気がする。

ライトアップされた姿が本当に好き。そういえば席替えしてから眺めていなかったな。

きれい。こんな時なのにやっぱり見とれてしまう。

「見せたいと思ってたんだ」

それきり黙って、運ばれてきたカクテルを口にしている。


謝ったって今さら仕方ないけれど、やっぱり謝らなきゃ。

「ごめんなさい」

「杏が謝ることじゃないだろ」

「怒ってないの?」

「怒ってるよ。杏を侮辱されたのに、ろくに言い返せなかった」

そこ? 言い返してくれたでしょう? こんな私を守ってくれた。

「されてもしかたがないの。本当のことだから」

「杏は違うよ。セレブ狙いで俺に近づいたんだっけ?」

どうして笑ってるの? ああ、よくわかってないのか。

「そうじゃないけど、ビッチって言うのは本当なの」


浮かれた時間はおしまい。本当のことを話す。

「あの人は高校の時に初めて付き合った人。すごく反対されて、反抗してるうちに成績が落ちて、向こうの家にも付き合いを禁じられて、2人で家を飛び出したの」
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