ビルに願いを。
当たり前だけど、子どもで頭でっかちなだけの私たちは、結局すぐに家に戻った。そして別れさせられた。
「何かがおかしくなっちゃって。別れたって成績は戻らないし、ママは泣いて、怒って、なんのために子育てを頑張ってきたのかわからないって。パパはママを責めてケンカばかりになって、私も全部ママのせいにしてまた家出したりして」
あなたのせいでうちはめちゃくちゃだとママは言った。杏のために全てやって来たのに、なんでこんな仕打ちを受けなくちゃいけないのかと。
やがて、あの女と同じだと言うようになった。
パパとずっと不倫をしている職場の女の人。家事も子育てもせずいい思いだけしようと言うバカな女だと。気づかないふりして、本当はでもママはずっとわかっているのだと。
若いだけのふしだらな女。
ママは聞くに堪えないような言葉でその人を罵るようになった。
同じように時には私を。
高校生のくせに男に身体を許すなんて、ママの子がそんな女のはずがない。ビッチ。確かママさえそう言った。
『出て行って!』
ある日ママが叫んだ。
『パパもあなたも、家族なんかじゃない!』
何日かは友達の家に泊まった。何がきっかけか覚えてもいないけれど、よく知らない男の人に泊めてもらうことを覚えた。
「無理に別れさせられた仕返しだと思ってたの。勝手に理想化されたママの自慢の娘でなんか、もういたくないって」
ひどい目にあうこともなかったし、むしろ話を聞いてもらったり、家族より優しいくらいだった。
調子に乗っていた。年上の男の人を誘うのは簡単だった。自分が若くてそれなりにきれいなことも知っていた。
どうでもよかった。誰でもよかった。どうせママには見捨てられた。私だって捨ててやるんだ。
家に帰ってもママは口もきかなくなった。でも時々爆発するように罵り合って、また飛び出しては同じことを繰り返した。
受験どころか卒業も危うくなった。
「松井くんは騙されたって。何が勉強するから別れようだよって」
彼に憎々しげに睨まれたことは覚えている。ほとんどはっきりした記憶のないあの日々の中で。
5年以上経っても同じ勢いで睨まれた。ママも、またあんな顔をするんだろうか。汚いものを見たくないと、ママはむしろ目をそらしていたけれど。