ビルに願いを。
ポツポツと、でも本当のことを話した。丈には話さなくちゃいけないと思って。

「やさぐれてたんだ?」

信じられないことに、この人はからかうようにそう言った。え?ちゃんと伝わってる?

「誰とでも寝るとか、ビッチとか、本当だから。圭ちゃんが私を拾ってくれなかったら、きっとずっとそのままだったの」

圭ちゃんのことを話すのも初めてだ。

寝室に行ったときにあまりにも驚いた顔をされて、それが哀れむようなものに変わった時、急に目が覚めた気がした。

ママを傷つけて、自分も傷つけて、いったい何を求めているつもりだったのか。

それはさすがに話せなかった。姉に似ていると言ってくれた善意を受け取ることもできないほど、おかしくなっていたこと。

「空いてる部屋に気がすむまでいていいよって。それで指輪をくれたの。さみしくても平気なようにって。いつも外国で仕事をしてて、時々しか帰ってこないから」

「俺がいても、さみしい?」

さみしいわけない。こんなに優しい人に出会えて。がっかりしてるに違いないのに、態度を変えずにいてくれる。

「なんで、優しくするの。嫌じゃないの、こんな話?」

「うまく行かないことが続いて、やさぐれてただけだよ。俺と同じ」

訂正しなくちゃと思った口は丈に塞がれた。唇で、優しく。

「そんなのどうでもいいから」

丈の口ぐせだ。いつでもなんでも、どうでもいいの。

私の目尻にもそっと唇で触れて、また戻ってきたキスはしょっぱかった。




優しく髪を撫でられながら、そうかこれは犬の毛を撫でる仕草だとふと気づく。

「私、どこがケイティに似てるの? 髪の毛?」

「柔らかい毛並みと、真っ直ぐ見てくるところと、あと俺の心配ばっかりしてるところかな」

「彼女だと思ってたのに。だから絶対にダメだって」

え? と少し面食らったように止まったあと、なんだよそれ、と丈は笑い転げた。だって誰も説明してくれなかった!


おかしそうにまだ笑いながら髪に手を差し入れて頭より高いソファの背に押し付け、「彼女なんかいないよ」 と今度は遠慮のないキスをしてくる。



息をするのを忘れるようなキスの合間に「俺が忘れさせるから、全部」と低く囁いて、また深く口づけられ、何も考えられなくなっていく。

この瞬間に、世界が終わればいいのに。それだけをぼんやりと思っていた。

この人の腕の中にいる間に、全部忘れて、過去も未来も消えてなくなればいい。

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