ビルに願いを。
その時、誰もいないデスクの電話がけたたましく鳴り始めた。
「はい、フェニックス東京オフィスです」
『Oh, hi, could you please help me? My luggage seems to be lost.』
電話の向こうでは、早口な女の人が英語でいきなり話し始めていた。英語に切り替えて、お名前とご用件を伺う。
『荷物が届かなくて困ってるの。今夜のパーティに履く靴が入っているのよ』
間違い電話か。航空便が届かないって話かな。かけた番号を聞くと、この電話に貼ってある番号だけど。
「残念ながら、こちらはフェニックスというIT関連会社なんです。でもよろしければ正しい番号をお調べしましょうか?」
慌てているようなのでお手伝いすることにした。声の感じでは50代くらい? 東京には慣れていないらしい。
調べながら話しているうちに、電話の主メアリさんはこのビルの上にあるホテルに滞在中だとわかってお互いに盛り上がった。
ついでに、近くの人気ブランドのお店も検索して紹介する。パーティ用の靴も見つかるといいな。
「今夜は晴れるから、ホテルからの素敵な夜景も楽しんでくださいね、メアリさん」
『あなたも! そうだわ、お名前は?』
「アンです。お話できて楽しかったです」
ちょうど切ったところに麻里子さんが戻って来たので、間違い電話だと伝えて早速仕事の話に入る。
とはいうものの、今のところ私は社内の各チームに飛び込んでどんな仕事か、不満はないかなどを聞いてくる毎日だ。
まずは何も知らない部外者の目で見たり聞いたりして欲しいって。
クレーム対応かと思って覚悟してきてるんだけど、ここの人達は大人しいというか穏やかで、やり手のアジア系商人の皆さんとは違う気がする。
さっきの間違い電話さえ、なんだか微笑ましいもんね。
とにかく降って湧いた幸運に、感謝感謝の日々なのです。