ビルに願いを。
エレベーターホールで麻里子さんに呼び止められる。「ご家族って言うけど、もしかして指輪の彼なの?」と誰もいないのに声をひそめて聞かれた。
ああそうだ。彼氏だと思われてる。丈のこともあるのに。
「あなたを悪く思いたくないけれど、K.Setoの名前は私も知ってるわ。国際企業の裏を暴くような記事を書いてる人よね?」
「はい。でも会社の話は特にしていませんし、セキュリティのこととか、気をつけてます」
「杏ちゃん。丈とはどうなってるの?」
「それは」
どうって、言えばいいんだろう。麻里子さんに嫌われたくはないのに。
「これでもあなたのことを信用してるのよ、私。悪いようにはしないしたくないの。私たちを裏切るようなことにはならないわよね?」
「大丈夫です。圭ちゃんは家族ですけど、余計なことは話してません」
丈とのことを相談しようとは思ってるけど、仕事のことじゃなければいいよね。裏切ることになんて、なるはずない。
無事にホテルに着き、圭ちゃんを呼び出した。ボサボサの髪のままフロントまでやって来て「ただいま、杏」とハグしてくれる。
「クマみたい」
「そんなにかわいいか」
アラブ方面に行くときは大体ヒゲを生やしてる。今回もそれかな。
フロントに鍵を預けるついでに、部屋をもう1つ取ってくれた。
「ツインにした方が安かったんじゃない?」
「いやぁ、さすがに世間の目が厳しいだろう。クマみたいなおっさんが若い女の子連れてなぁ」
「何言ってるの、今更」
「そのネックレス、相当するよな。誰にもらったんだ」
さすがに目ざとい。観察力はジャーナリストの肝だといつも言うだけのことはある。
「だけどまだ指輪は外せない。そういう微妙な相手がいる時に、誤解されるような行動は良くないぞ」
「圭ちゃんのことも言ってあるから、平気」
「なるほどね。今日は久しぶりに杏の人生相談会にするか」
頼んでないのに勝手に言ってる。でもずっと、圭ちゃんに聞いてもらいたかったの。自分1人じゃまたわかんなくなっちゃうから。