ビルに願いを。
仕事を始めてからもどうしても気になって、スタッフ席に麻里子さんを探しに行った。
スタッフチームと話をしていた麻里子さんは、私を見て立ち上がると誰にも聞こえないように窓辺まで歩いていく。
「もしかしてケイティに何かあったんですか? 高齢で病気だって、パーティの時に聞いたんですけど」
「そうなの。ごめんなさいね、杏ちゃん。ケイティは犬なんだって、私しばらく前に聞いてたのよ。言わない方があなたのためかと思ったけど、余計なお世話よね」
ため息をつくように麻里子さんがうつむく。ケイティの容体が急変したと連絡があって緊急帰国し、最終的には安楽死させたそうだ。
「でもペットの犬のために2人で帰ったなんて、社内的には言えないから内緒にして? 社長はジョーを見かねてついて行っただけ。もうすぐ帰って来るわ」
「丈は?」
「ジョーはケイティから離れられないってさっき電話があったの。犬の世話を頼んでいたうちで彼の面倒も見るって。やっと仕事をするようになって見直してたのに。
本当に、子供みたいな人ね。かわいいだろうけれど、犬が何より大事だなんて。天才ってみんなああなのかな」
そうなんだ。社長は無理には連れてこないことにしたらしい。
子供みたい。確かに。
でも、きっと両親の離婚の後、1人で過ごすことが多かったんだろう。丈にとって、ケイティは本当に大事な家族だったんだ。
ケイティの話をしたことはほとんどない。あの写真を見せてくれたときだけ。でも、わかる気がする。
丈はきっと悔やんでいる。悲しいだけじゃなくて、帰れなかった自分を責めていると思う。
圭ちゃんがいつもそうだから。
「また海外なんだ」 「しばらく帰ってこれないと思う」 「連絡するよ」
そういう話をするたびに、いつも申し訳なさそうな声になる。
いいのに別に、そんな顔しないで。
私のせいで我慢されたりするよりも、好きなように生きてもらうほうがずっといいんだよ。
寂しいけれど、それでも大丈夫なんだよ、家族だから。いつもそう思ってた。