勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。

黒縁眼鏡は端正な顔立ちによく映える・・・。
僕は対局して座っている榎本 涼哉(えのもと りょうや)と言う男性を無遠慮に見つめ見た。
黒縁眼鏡にきちんとセットされた艶やかな黒髪・・・。
形のいい眉に切れ長の目・・・。
長身細身でその顔立ちは俗に言うイケメン・・・。
「・・・何か思い出せそうか?」
そう発せられたその男性のその落ち着いた声音はどこか聞き覚えのあるような気もしたけれど僕はゆるゆると首を横に振った。曖昧なことに僕は頷きたくないし、はっきりしないのに頷くのは失礼だと僕は思うから・・・。
本当に・・・申し訳ない。
僕は心の中で我知らず、そう詫びていた。
「そ。なぁ、要?」
再びそう発せられたその男性のその声音は先ほどと何ら変わりのないものだった。それ故に僕は大きく瞬いた。それと同時にその男性とふと視線が合わさった。
「要?どうした?何を驚いている?」
パチリ・・・。
何かがハマるような音が聞こえた。例えば・・・パズルのピースがハマるような音・・・。
「あ・・・いや・・・その・・・」
僕は苦笑い笑みを溢し、そこで口ごもってしまった。そんな僕を見てその男性はニコリと笑った。
パチリ・・・。
またあの音が聞こえた。そんな気がした・・・。
「言いたいことがあるならハッキリ言えよ。お前らしくない」
パチリ・・・。
イタズラっぽさのあるその笑みに・・・無遠慮で親しみを感じるその口調・・・僕のことを『要』と呼ぶこの男性を僕は知っている・・・。
嗚呼・・・そうだ。この男性は・・・。
パチッ!
今、最後のピースがはまった・・・。
バラバラだったパズルは完成したのだ。
「・・・久しぶり。涼哉」
僕はそう言って思わずはにかんでしまっていた。
まさか自分の唯一無二の親友の存在を忘れてしまっていたなんてあまりにも恥ずかしく、あまりにも涼哉に申し訳ないことを僕はしてしまっていた。
そんな僕の様子を見て、またはそんな僕の心情を察して涼哉は『ははっ』と笑ってくれた。
嗚呼・・・懐かしい。
懐かしい涼哉の笑い声だ・・・。
ただの笑い声・・・。
ただそれだけのものが胸の内にじんわりとくる。
暖かい・・・。
僕はまた一つ、貴重な記憶の欠片を見つけ、一つの見事なパズルを完成させたのだ。
嗚呼・・・なんてこのパズルは素晴らしいんだろう。
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