勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。
それから涼哉は二時間ほど我が家に居て僕と他愛もない話をして帰って行った。
僕と涼哉が話をしている間、彩さんはキッチンでゴソゴソと動きつつ、僕たちの世話を色々と焼いてくれた。彩さんは本当に気の利く優しい女性だ。
「涼哉さんのこと思い出せれてよかったですね」
にこやかに彩さんはそう言うと僕の目の前に炊きたてのご飯がよそわれた安い陶器のお茶碗を差し出した。
炊きたてのご飯からゆらゆらと立ち上がる白い湯気が見ていて暖かい。そして、そのゆらゆらと立ち上がる白い湯気はまるで今の僕の心の内を現しているかのようでもあった。
僕は差し出されたその安いお茶碗を笑顔で受け取り、なぜか小さく頷いた。別に大きく頷いてもよかった。なのになぜか僕は小さく頷いていた。今になってその小さな頷きの意味がわかる。僕は無意識のうちに彩さんに遠慮していたのだ・・・。
「まさか唯一無二の親友を忘れていたなんてビックリだよ」
僕はそう言って目の前に並べられた手作りのご馳走たちを見つめ見た。
幸せだ・・・。
僕は心の内で静かに呟いた。
温かな炊きたてのご飯・・・。心のこもった手作りの料理・・・。
嗚呼、僕は幸せ者だ。
「・・・要さん?どうかされましたか?」
彩さんのその心配そうな声音に僕は苦い笑みを溢し、首をゆるゆると横に振った。
「僕は幸せ者だ・・・と思っていたんです」
「・・・幸せ者・・・ですか?どうして?」
彩さんの質問に僕はうなじ辺りを掻き、ゆるく微笑んだ。なんとなくそう思った理由を話すのは恥ずかしい。
僕は改めて目の前に並べられたご馳走たちを見つめ、そして次に彩さんを見つめ見た。
彩さんは僕と視線が合わさるとニコリと微笑んでくれた。
それは花が綻ぶようなそんな微笑みだった。
「温かい炊きたてのご飯が食べれること。心のこもった手料理が食べれること。唯一無二の親友が居て、その存在を思い出せれたこと。そして・・・」
僕はそこで言葉を句切り、彩さんをそっと見つめ見た。
彩さんはそんな僕を見つめ返し、不思議そうに小首を傾げている。
その動作と同時に彩さんの髪が揺れた。
僕はそれにドキリとさせられた。
本当に口にしたい言葉はまだ口に出すのはやめよう・・・。
「今を生きれていることが幸せだと思って」
僕はそう言って微笑んだ。