勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。
今を生きれていることが幸せ。
その言葉に嘘偽りはない。
僕は今を生きれていて幸せだ。
けれど、今の僕の本当の一番の幸せはそれではない。けれど、その本当の一番の幸せも命あってこその幸せだから否応なく矛盾は生じてしまう。全く、この世界は矛盾だらけだ。
「今を・・・生きれていることが幸せ・・・」
彩さんがポツリと呟いた。僕はそれにピクリと反応した。何かが胸の内につっかえた。魚の小骨が喉に刺さったようなご飯が喉に詰まったようなそんな違和感・・・。
僕はそんな違和感を感じつつ彩さんを見つめ見た。
彩さんは少し俯いて何かを考えているようなそんな表情をしていた。だから僕はあえて声を掛けなかった。
「私も・・・」
しばらくして彩さんが言葉を発した。
僕はそれに『ん?』と声を発し、動かしたいた箸の動きをピタリと止めた。
口の中に入れたばかりの肉じゃがの人参を噛み砕き、ゴクリと飲み込む。
「私も今を生きれて・・・要さんと一緒に居れて幸せです」
彩さんのその言葉に僕は思わず箸を落としてしまっていた。
僕と一緒に居れて・・・幸せ?
僕は数回の瞬きをして対面して食卓についている彩さんをゆっくりと見つめ見た。
彩さんはキョトンとした表情を浮かべていた。
僕も・・・僕も同じです。
ただ、その一言・・・。ただ、その一言が出てこない・・・。
嗚呼、僕はなんて不甲斐ないんだろう・・・。
今の僕の本当の一番の幸せは彩さんと一緒に居られること・・・。
そう言葉にして口に出してしまえたならどんなに気持ちが楽だろうか・・・。
けれど、その言葉を口にして今の幸せを壊してしまったなら?
そう考えるとそう思うと自ずとその言葉を口にすることは憚られる。
言葉は魔法で美しく、醜くくもあり狂気に満ち溢れている。それでいて言葉は優しくもあり、時に災厄と破壊を招く・・・。
言葉は魔法で凶器だ。
だから狡猾で臆病な僕は・・・。
「ありがとう」
一番無難な魔法を口にした・・・。
本当に僕はどうしようもない臆病者だ。