勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。

適当な席に座り、講義がはじまるのをぼんやりと待っているときだった。トントンと軽く肩を叩かれた。
何だろうと思いつつ叩かれた方の肩側を振り返り見ると黒縁眼鏡を掛けた端正な顔立ちの青年(自分と同い年と思われる)が無表情で俺を立ったまま見つめ見ていた。
「・・・えっと・・・」
俺はその見覚えのない青年と視線を合わせたまま小さく口を動かした。
この青年は一体?
「・・・隣・・・座ってもいい?」
青年のその声音には艶深い落ち着きがあり、同性の俺から見てもその声はとても魅力的なものだった。
「・・・え?」
青年のその言葉を俺はうまく解釈できず、そんな間の抜けた声を出してしまっていた。
その間の抜けな声に反応してか青年の整えられた眉がピクリと動いた。そして、その青年の動いた眉に俺は酷く焦らされてしまった。
機嫌を損ねたかな? それとも不愉快な嫌な気持ちにさせてしまったかな?
そう思うとそう考えると少し怖くなった。俺は・・・と言うか人間は誰しもだと思うが他人を傷つけたくない生き物だと思うし、そうであって欲しいと俺は思っている。
「・・・迷惑なら他を・・・」
「違うよ!」
俺は青年の言葉を遮った。それと同時に頬が熱くなった。
嗚呼・・・紅潮しているなってすぐにわかった。だから続きの言葉がなんだか小恥ずかしくて出て来なかった。
「じゃあ・・・隣、お邪魔します」
青年は静かにそう言うと微笑み、俺の隣にそっと腰を落ち着かせた。
「・・・すみません。大きな声出して」
俺は青年と目を合わせずにぼそりと呟いた。
そんな俺を青年は『ははっ!』と笑った。それは腹が立つほど爽やかな笑い方だった。
「別に謝ることじゃないでしょ? それに俺たち、同い年だろうし」
青年のその言葉に俺はただコクリと頷いた。
「俺・・・斎藤 要って言います。よろしくお願いします」
俺の言葉に青年はまた『ははっ!』と笑った。
「タメでいいよ。俺は榎本 涼哉。よろしく。要」
榎本 涼哉の言葉に俺は数回瞬いた後、ニコリと笑って大きく頷いていた。
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