勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。
「また何かいい題材でも浮かんだんですか?」
彩さんの問いに僕はコクリと頷いて笑っていた。彩さんは僕のことをよく知っているし、わかっている。まるで記憶を失う前の僕を知っているかのように。
僕と彩さんは僕が記憶を失ってから出会った。と・・・僕は聞いている。それなのになぜかそんな気がしない。けれど、僕が記憶を失う前に彩さんと出会っていたとしてそれを僕に隠す必要はないだろうから僕と彩さんは僕が記憶を失ってから出会ったと言うことは本当のことなのだろうと僕は僕に言い聞かせている。
それでもそのモヤモヤとした何かは僕の心の中で黒々と渦巻く。
何かがおかしい・・・。
そんな不確かな感覚。
「うん。いい題材が頭に浮かんだからノートに書き留めないとと思って立とうとしたんだけれど・・・足がないの忘れてた」
僕はそう言って自分でもわかるほど苦い笑みを滲ませた。そんな僕を彩さんは屈託なく笑ってくれる。それが何よりも有り難く、僕は嬉しい。
同情や悲観的なのは好きじゃないし、もう飽きてしまった。
「本当に気をつけてくださいね?また記憶を失ったらどうするんですか?」
彩さんの言葉に僕は小さく頷いて微笑んだ。
また記憶を失ったら僕はどうなるのだろう?
そんな思いが一瞬、脳裏を掠めた。
もういっそのこと自分の名前も何もかも忘れてみたい。
そんなことを心の中で思う僕は酷いひねくれ者だ。
「そしたらまた彩さんと同じ会話ができるね」
僕のその言葉に彩さんは盛大に吹き出した。