勿忘草~僕は君を忘れてしまった。それでも君は僕を愛してくれた~。

「私はサイトウ アヤと言います。これからアナタのホームケアをさせて頂く者です」
「サイトウ?なら、僕と同じ名字ですね」
僕はそう言い、自然と笑んでいた。
サイトウなんて名字、別に珍しくもない。なのにその愛らしく小さな女性・・・サイトウ アヤさんと同じ名字であることがなんとなく嬉しかった。
「サイトウの字は?アヤさんのお名前の字も知りたい」
僕はベッドに横になったままサイトウ アヤさんにそう言葉をかけた。
僕の言葉にサイトウ アヤさんはニコリと笑うとテレビが置かれている台の引き出しからノートとペンを取り出し、そこに自分の名前を漢字で書いてくれた。
斎藤 彩。
そこに綴られた字体は丸い感じの柔らかなものだった。
「サイトウの『サイ』の字、僕の名字のと同じだ」
僕はそれがまた嬉しくてまた笑っていた。
サイトウの『サイ』の字は色々ある。
『斉』、『済』、『斎』、『齊』、『齋』、『才』、『西』・・・。
その中の『サイ』の字がたまたま同じだっただけのこと。ただ、それだけのことなのに僕は嬉しかった。
「あの・・・斎藤さんが嫌でなければ『彩さん』とお呼びしてもいいですか?」
僕は遠慮がちにそう斎藤さんに訊ね、はにかんだ。
僕の訊ねに斎藤さんは僕以上にはにかみ、コクリと頷いて『はい!』と返事をしてくれた。
そんな何でもない会話が酷く懐かしく感じられた。
それと同時に何かが胸の内に引っ掛かった。
「じゃあ、私は斎藤さんのことを『要さん』って呼んでもいいですか?」
要・・・。
それは僕の名前だ。
彩さんに名前を呼ばれた。ただ、それだけのことなのに僕の心臓はドクンと高鳴った。
まるで恋をした時のように・・・。
「もちろん、いいよ」
僕はそう言い、笑んでいた。
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