恋愛生活習慣病
act.22
それから冬也さんは有無を言わさず、私の手を引いてずんずん歩き出した。
何であの場に? とか出張は?とか色々聞きたいことはあったけど、氷のシェルターに包まれたみたいな冬也さんに話しかける勇気がない。
冬也さん、コワイ。
こんな上司、コワイ。
ミスとか絶対に許しそうにない。私が部下だったら血尿出るくらい怒られてばっかりなはず。
ああ、部下でなくてよかった。
……って、いやよくない。
私、お仕置きされる身でした。
「あ、あの、どこへ行くんですか?」
やっとの事で聞くと「家」と一言。
ここの上の階……。
お仕置きだと言って、ビルの53階から吊るされる自分を想像して青くなっていると、エレベーターに押し込まれた。
このエレベーターは冬也さんの住むマンション階には止まらない。
マンション階には45階のホテルから、もしくは地下駐車場の各部屋専用エレベーターでしか行くことができないらしい。
そう、各部屋専用。
ここのマンション、なんと一家に一台プライベートエレベーターがあるんです……!
この前、冬也さん家に泊まった帰りにその専用エレベーターで駐車場まで降りたんだけど、それ聞いて顎が外れるかと思った。
家専用エレベーターは、Hotel Citron Oriental と、この地下駐車場、それから屋上のヘリポートと職場のある階に停止するらしい。
ヘリポートて。そんなとこに用があるの? 行くことってあるんかい。
専用ってことが衝撃で、エレベーターはみんなで使うものだと思ってたと言ったら、冬也さん曰く、このマンションの防犯対策のひとつなんだそう。
防犯意識が高すぎて意味が分からない。
私と冬也さんはホテル階でエレベーターを降り、また引きずられるようにフロントまで連れて行かれた。
「お帰りなさいませ、氷室様」
冬也さんに気づいた壮年の男性コンシェルジュが、にこやかに笑みを浮かべながら近づいてきた。
「開けてくれ」
「かしこまりました」
コンシェルジュがフロント横の自動ドアの前に立つ、がっしりした体つきのSPみたいな男性に目配せすると、その人が一歩横に動いた。
そしてコンシェルジュは内ポケットからカードキーを取り出して、自動ドアの横の機械に差し込んだ。
ドアの向こうはエレベーターが何台か並んでいる。
もしかして、これが各部屋専用エレベーター。
なるほど、ホテルがこのエレベーターの門番ってこと。はああ。
ふかふかの絨毯をふわふわしながら歩いて行くと、後ろからコンシェルジュも付いてきて、わざわざエレベーターのドアを開けてくれた。
そしてドアに手を添えて私たちが乗り込むのを確認すると
「では、お休みなさいませ」
と恭しく頭を下げているのが、閉まるドア越しに見えた。
まるで執事のよう。
コンシェルジュってそういう仕事なのかもしれないけど、反射的に会釈を返してしまった。
エレベーターはマンション階へと昇っていく。
事の成り行きにもセレブエレベーターにも呆然としているうちに、あっという間に53階に到着した。
エレベーターホールのそこは左手に桜を使ったどでかいアレンジメントが飾ってあり、正面にはシックなモノクロの絵が掛けてある。
手を引かれるままついていくと、右手にスタイリッシュなこげ茶色のドア。
いちいち尻込みしたくなる高級感溢れる玄関周りと見覚えがあるドア。ここは冬也さんの家だ。
ドアの横にはオートロックシステムが付いている。
冬也さんが手のひらを画面に当て、マイクに向かって「俺だ。ドアを開けろ」と言うと、がちゃり、と玄関の鍵が開く音がした。
ええ。ここのマンション、生体認証が家の鍵だそうです。
ディンプルキーとかカードキーじゃないの。住人の声と静脈の走行が家の鍵。
そんな機能、スイスの地下金庫とかCIAとかすごい組織が使うものだと思ってた。
しかし、セレブは違う。
家に出入りするのに、そんなハイテク技術を使っちゃうらしい。
ちなみに屋上と地下駐車場から専用エレベーターに乗る時には生体認証が必要だそうです。
しかも万が一、不審者が不意にエレベーターに乗り込んでしまった時などにはキーワードを口にすれば、即座に警備会社とホテルと警察に連絡が行くシステムになっているそうな。
もういちいち庶民には理解できない世界。
冬也さんの会社ってこんなところに住めるくらいにお給料をくれるんだろうか。
それとも親戚だけじゃなくて冬也さんも御曹司なんだろうか。
いくらハイパーエリートって言っても、こんな生活してる人、普通の人じゃない気がする。
冬也さんの家。
気圧されてここまで来ちゃったけど。
「あの、冬也さん」
言い終わらないうちに玄関に引き込まれ、壁に体を押し付けられた。
「んっ…!」
続けざまに振ってきたのは唇。顎を掴まれ、こじ開けられるように舌が歯列を割って侵入してきた。
あっという間に深いキスに飲み込まれて、頭が真っ白になる。
頭の後ろと背中を大きな手で捉えられて、逃がさないとばかりに強く抱きしめられて、少しの隙間も与えられない激しいキスに息もできない。
なんでこんな、嫉妬しているみたいなキス。
目をうっすら開けると、冬也さんも私を見ていて、咎めるみたいに余計に舌を絡めとられた。
酸欠と濃厚なキスで頭も体も朦朧。
思考する力も酸素もゼロになったみたいに、がくりと体の力が抜けたところでようやく冬也さんは解放してくれたけど、視界がぐるんと回転して、壁に付いていた背中が床に移動していた。
つまり壁ドンから床に押し倒されてる状態。
彼の右手が胸をやわやわと揉んでいるのは気のせいじゃない。
「と、冬也さん?」
「好きなんだ」
「え?」
「李紅が好きだ。君が他の誰かのものになるなんて耐えられない」
う……。
うひゃああああああ!
「久しぶりにジムに行ったら、最近入会した男と仲が良いって聞いた。大学の先輩で医者らしいな」
だ、誰だそんなプライベートな事をべらべらと喋ったの……!
「そしたら今日は二人で食事に行ったって言うじゃないか。嫌な予感がして追いかけてみれば、まさか目の前でプロポーズを見せられる羽目になるとは思わなかったよ」
追いかけて?
え、なんでそんなことを。とか、なぜあのタイミングとか色々な疑問がぐるぐる回る。
「と、冬也さんはクロエさんが好きになったんでしょ?」
そ、そうだ。
冬也さんがこんな所で私にキスしたり胸揉んだりするのはおかしい。ダメだよ。
「クロエ?何故ここにクロエが出てくるんだ」
「え。だってパリでこう色々あって友情を超えた関係になったんじゃ」
「クロエとは何にもない。誰がそんなことを言った? さっきの男か?」
「いや、雅くんはそんなこと言わないですけど」
「他の男の名前を口にするな」
自分で聞いたくせに腹を立てた冬也さんは、理不尽なキスをしてきた。
また酸欠になって、意識が遠のきそうになりながら胸を叩いてようやく放してくれた。と思ったら。
「お願いだ、李紅。俺を選んで。君が望むなら今すぐ会社を辞めて君のヒモになる。だから」
まさかのヒモになります宣言――――――――!!
ちょ、まって。どういうこと?冬也さんが私を好きでヒモになるって?
え、でもクロエさんと何にもないって、ぎゃ!頭の中パニックになってる間にガウチョ脱がされてるし!
「ちょ、ちょっと待って、冬也さん」
「待たない。君のせいだ。こんなに俺が感情のコントロールができなくなるなんて。恋愛なんて不要だと思ってたのに、君が好きで、欲しくて頭がおかしくなりそうだ」
だから俺のものになって。
いつも冷静で穏やかな人なのに
いつも涼やかで一分の隙もないくらい完璧なひとなのに。
Tシャツトレパン姿で、汗みどろで私を探してくれたんだろうか。
冬也さんが感情を剥き出しにして私を求めている。
首や頬、唇にいくつもキスを落としながら懇願する声に胸の奥がキュンとなった。
こんなにイケメンで仕事ができてリッチな人が、自分みたいな干物女に必死になっているなんて……信じられない。
「どうして…………私?」
クロエさんように美人でも優秀でもない。
妄想でニヤニヤして食べたいものガツガツ食べて、自分磨きなんて放置して適当に生きてる女。
「何が良くて、私なんですか?」
全然、自信がない。
こんな素敵な人に選んでもらえる要素なんてどこにもない。
「やっぱりデブ専」
「違う。俺はデブ専じゃないし李紅もデブじゃない」
小さな声で呟くと、冬也さんはキスを止めてデブ専をきっぱり否定した。
そして宝物みたいにそっと両手で頬を包んで、真っ直ぐに私の目を見つめてくる。
ドキドキする。
さっき雅くんにこうされた時は何ともなかった。
でも冬也さんは違う。
イケメン度が半端ないとか、バリトンボイスが美声すぎて腰にくるとか、そんなところを差し引いても、心臓が、いや、細胞がドキドキしてすべてがこの人に向かっている。
私、やっぱり、冬也さんが好きだ。
「理由なんてない。恋は落ちるものというだろう?それに恋は病とも言うじゃないか。」
そう。だから気の迷いかと思って、仮の付き合いをしようと言った。
「君にキスしたり抱きしめたいこの病は、一人じゃどうしようもない。俺は君無しでは生きていけない。習慣病になっているんだ」
眼鏡のレンズの向こう側の、藍色を溶かし込んだような黒い瞳が私を捉える。
嘘じゃなくて、誤魔化しでもなくて、真っ直ぐな願いがするりと私の中に溶け込んでいく。
「だから傍にいて恋愛指導をしてくれないか、保健師さん」
――――――冬也さんも、私のことが好き。
微笑む冬也さんの表情がほんとに優しくて甘くて、涙が出てきた。
どうしよう。すごく嬉しい。
冗談でも気の迷いでもなく、彼は私のことが好きなんだ。
ダメ保健師だけど、それ以前にダメ女だけど、冬也さんと恋愛したい。
夢見てしまう。
できるのかな。
お互いの存在無しではいられないくらい、好きで好きでたまらないような、そんな恋愛。
「……冬也さん」
先のことを考えると不安だけど。上手くいかないかもって怖くなるけど。
考えたって仕方がない。
だって人生は一度きり。
花の人生は短いのだから、悔いが無いよう楽しく生きようじゃないの。
「はい。私がしっかり恋愛生活指導してあげます」
そう言うと、冬也さんは少年みたいな満面の笑顔になった。
「じゃあ早速、続きの個別指導をお願いしようか。その前にシャワーだな。一緒に浴びよう」
「え!? シャワー? わ!」
中途半端に脱いでるおかしな格好の私をお姫様抱っこして、冬也さんは、あの素敵な浴室に向かった。
この後。
一緒にお風呂という羞恥プレイに晒されてぐったりしたものの、その後はでろでろに甘やかされて優しい個別指導になるはずが、途中から雅くんとふたりきりで飲みに出かけた上、プロポーズまでされた罰だとものすごいお仕置きをされ、なぜか他の男にも隙がありすぎるとさらにお仕置きされ、翌日ベッドから起きれなくなるなんて、想像もしてない私はやっぱり読みが甘いと思い知らされたのだった。
何であの場に? とか出張は?とか色々聞きたいことはあったけど、氷のシェルターに包まれたみたいな冬也さんに話しかける勇気がない。
冬也さん、コワイ。
こんな上司、コワイ。
ミスとか絶対に許しそうにない。私が部下だったら血尿出るくらい怒られてばっかりなはず。
ああ、部下でなくてよかった。
……って、いやよくない。
私、お仕置きされる身でした。
「あ、あの、どこへ行くんですか?」
やっとの事で聞くと「家」と一言。
ここの上の階……。
お仕置きだと言って、ビルの53階から吊るされる自分を想像して青くなっていると、エレベーターに押し込まれた。
このエレベーターは冬也さんの住むマンション階には止まらない。
マンション階には45階のホテルから、もしくは地下駐車場の各部屋専用エレベーターでしか行くことができないらしい。
そう、各部屋専用。
ここのマンション、なんと一家に一台プライベートエレベーターがあるんです……!
この前、冬也さん家に泊まった帰りにその専用エレベーターで駐車場まで降りたんだけど、それ聞いて顎が外れるかと思った。
家専用エレベーターは、Hotel Citron Oriental と、この地下駐車場、それから屋上のヘリポートと職場のある階に停止するらしい。
ヘリポートて。そんなとこに用があるの? 行くことってあるんかい。
専用ってことが衝撃で、エレベーターはみんなで使うものだと思ってたと言ったら、冬也さん曰く、このマンションの防犯対策のひとつなんだそう。
防犯意識が高すぎて意味が分からない。
私と冬也さんはホテル階でエレベーターを降り、また引きずられるようにフロントまで連れて行かれた。
「お帰りなさいませ、氷室様」
冬也さんに気づいた壮年の男性コンシェルジュが、にこやかに笑みを浮かべながら近づいてきた。
「開けてくれ」
「かしこまりました」
コンシェルジュがフロント横の自動ドアの前に立つ、がっしりした体つきのSPみたいな男性に目配せすると、その人が一歩横に動いた。
そしてコンシェルジュは内ポケットからカードキーを取り出して、自動ドアの横の機械に差し込んだ。
ドアの向こうはエレベーターが何台か並んでいる。
もしかして、これが各部屋専用エレベーター。
なるほど、ホテルがこのエレベーターの門番ってこと。はああ。
ふかふかの絨毯をふわふわしながら歩いて行くと、後ろからコンシェルジュも付いてきて、わざわざエレベーターのドアを開けてくれた。
そしてドアに手を添えて私たちが乗り込むのを確認すると
「では、お休みなさいませ」
と恭しく頭を下げているのが、閉まるドア越しに見えた。
まるで執事のよう。
コンシェルジュってそういう仕事なのかもしれないけど、反射的に会釈を返してしまった。
エレベーターはマンション階へと昇っていく。
事の成り行きにもセレブエレベーターにも呆然としているうちに、あっという間に53階に到着した。
エレベーターホールのそこは左手に桜を使ったどでかいアレンジメントが飾ってあり、正面にはシックなモノクロの絵が掛けてある。
手を引かれるままついていくと、右手にスタイリッシュなこげ茶色のドア。
いちいち尻込みしたくなる高級感溢れる玄関周りと見覚えがあるドア。ここは冬也さんの家だ。
ドアの横にはオートロックシステムが付いている。
冬也さんが手のひらを画面に当て、マイクに向かって「俺だ。ドアを開けろ」と言うと、がちゃり、と玄関の鍵が開く音がした。
ええ。ここのマンション、生体認証が家の鍵だそうです。
ディンプルキーとかカードキーじゃないの。住人の声と静脈の走行が家の鍵。
そんな機能、スイスの地下金庫とかCIAとかすごい組織が使うものだと思ってた。
しかし、セレブは違う。
家に出入りするのに、そんなハイテク技術を使っちゃうらしい。
ちなみに屋上と地下駐車場から専用エレベーターに乗る時には生体認証が必要だそうです。
しかも万が一、不審者が不意にエレベーターに乗り込んでしまった時などにはキーワードを口にすれば、即座に警備会社とホテルと警察に連絡が行くシステムになっているそうな。
もういちいち庶民には理解できない世界。
冬也さんの会社ってこんなところに住めるくらいにお給料をくれるんだろうか。
それとも親戚だけじゃなくて冬也さんも御曹司なんだろうか。
いくらハイパーエリートって言っても、こんな生活してる人、普通の人じゃない気がする。
冬也さんの家。
気圧されてここまで来ちゃったけど。
「あの、冬也さん」
言い終わらないうちに玄関に引き込まれ、壁に体を押し付けられた。
「んっ…!」
続けざまに振ってきたのは唇。顎を掴まれ、こじ開けられるように舌が歯列を割って侵入してきた。
あっという間に深いキスに飲み込まれて、頭が真っ白になる。
頭の後ろと背中を大きな手で捉えられて、逃がさないとばかりに強く抱きしめられて、少しの隙間も与えられない激しいキスに息もできない。
なんでこんな、嫉妬しているみたいなキス。
目をうっすら開けると、冬也さんも私を見ていて、咎めるみたいに余計に舌を絡めとられた。
酸欠と濃厚なキスで頭も体も朦朧。
思考する力も酸素もゼロになったみたいに、がくりと体の力が抜けたところでようやく冬也さんは解放してくれたけど、視界がぐるんと回転して、壁に付いていた背中が床に移動していた。
つまり壁ドンから床に押し倒されてる状態。
彼の右手が胸をやわやわと揉んでいるのは気のせいじゃない。
「と、冬也さん?」
「好きなんだ」
「え?」
「李紅が好きだ。君が他の誰かのものになるなんて耐えられない」
う……。
うひゃああああああ!
「久しぶりにジムに行ったら、最近入会した男と仲が良いって聞いた。大学の先輩で医者らしいな」
だ、誰だそんなプライベートな事をべらべらと喋ったの……!
「そしたら今日は二人で食事に行ったって言うじゃないか。嫌な予感がして追いかけてみれば、まさか目の前でプロポーズを見せられる羽目になるとは思わなかったよ」
追いかけて?
え、なんでそんなことを。とか、なぜあのタイミングとか色々な疑問がぐるぐる回る。
「と、冬也さんはクロエさんが好きになったんでしょ?」
そ、そうだ。
冬也さんがこんな所で私にキスしたり胸揉んだりするのはおかしい。ダメだよ。
「クロエ?何故ここにクロエが出てくるんだ」
「え。だってパリでこう色々あって友情を超えた関係になったんじゃ」
「クロエとは何にもない。誰がそんなことを言った? さっきの男か?」
「いや、雅くんはそんなこと言わないですけど」
「他の男の名前を口にするな」
自分で聞いたくせに腹を立てた冬也さんは、理不尽なキスをしてきた。
また酸欠になって、意識が遠のきそうになりながら胸を叩いてようやく放してくれた。と思ったら。
「お願いだ、李紅。俺を選んで。君が望むなら今すぐ会社を辞めて君のヒモになる。だから」
まさかのヒモになります宣言――――――――!!
ちょ、まって。どういうこと?冬也さんが私を好きでヒモになるって?
え、でもクロエさんと何にもないって、ぎゃ!頭の中パニックになってる間にガウチョ脱がされてるし!
「ちょ、ちょっと待って、冬也さん」
「待たない。君のせいだ。こんなに俺が感情のコントロールができなくなるなんて。恋愛なんて不要だと思ってたのに、君が好きで、欲しくて頭がおかしくなりそうだ」
だから俺のものになって。
いつも冷静で穏やかな人なのに
いつも涼やかで一分の隙もないくらい完璧なひとなのに。
Tシャツトレパン姿で、汗みどろで私を探してくれたんだろうか。
冬也さんが感情を剥き出しにして私を求めている。
首や頬、唇にいくつもキスを落としながら懇願する声に胸の奥がキュンとなった。
こんなにイケメンで仕事ができてリッチな人が、自分みたいな干物女に必死になっているなんて……信じられない。
「どうして…………私?」
クロエさんように美人でも優秀でもない。
妄想でニヤニヤして食べたいものガツガツ食べて、自分磨きなんて放置して適当に生きてる女。
「何が良くて、私なんですか?」
全然、自信がない。
こんな素敵な人に選んでもらえる要素なんてどこにもない。
「やっぱりデブ専」
「違う。俺はデブ専じゃないし李紅もデブじゃない」
小さな声で呟くと、冬也さんはキスを止めてデブ専をきっぱり否定した。
そして宝物みたいにそっと両手で頬を包んで、真っ直ぐに私の目を見つめてくる。
ドキドキする。
さっき雅くんにこうされた時は何ともなかった。
でも冬也さんは違う。
イケメン度が半端ないとか、バリトンボイスが美声すぎて腰にくるとか、そんなところを差し引いても、心臓が、いや、細胞がドキドキしてすべてがこの人に向かっている。
私、やっぱり、冬也さんが好きだ。
「理由なんてない。恋は落ちるものというだろう?それに恋は病とも言うじゃないか。」
そう。だから気の迷いかと思って、仮の付き合いをしようと言った。
「君にキスしたり抱きしめたいこの病は、一人じゃどうしようもない。俺は君無しでは生きていけない。習慣病になっているんだ」
眼鏡のレンズの向こう側の、藍色を溶かし込んだような黒い瞳が私を捉える。
嘘じゃなくて、誤魔化しでもなくて、真っ直ぐな願いがするりと私の中に溶け込んでいく。
「だから傍にいて恋愛指導をしてくれないか、保健師さん」
――――――冬也さんも、私のことが好き。
微笑む冬也さんの表情がほんとに優しくて甘くて、涙が出てきた。
どうしよう。すごく嬉しい。
冗談でも気の迷いでもなく、彼は私のことが好きなんだ。
ダメ保健師だけど、それ以前にダメ女だけど、冬也さんと恋愛したい。
夢見てしまう。
できるのかな。
お互いの存在無しではいられないくらい、好きで好きでたまらないような、そんな恋愛。
「……冬也さん」
先のことを考えると不安だけど。上手くいかないかもって怖くなるけど。
考えたって仕方がない。
だって人生は一度きり。
花の人生は短いのだから、悔いが無いよう楽しく生きようじゃないの。
「はい。私がしっかり恋愛生活指導してあげます」
そう言うと、冬也さんは少年みたいな満面の笑顔になった。
「じゃあ早速、続きの個別指導をお願いしようか。その前にシャワーだな。一緒に浴びよう」
「え!? シャワー? わ!」
中途半端に脱いでるおかしな格好の私をお姫様抱っこして、冬也さんは、あの素敵な浴室に向かった。
この後。
一緒にお風呂という羞恥プレイに晒されてぐったりしたものの、その後はでろでろに甘やかされて優しい個別指導になるはずが、途中から雅くんとふたりきりで飲みに出かけた上、プロポーズまでされた罰だとものすごいお仕置きをされ、なぜか他の男にも隙がありすぎるとさらにお仕置きされ、翌日ベッドから起きれなくなるなんて、想像もしてない私はやっぱり読みが甘いと思い知らされたのだった。