恋愛生活習慣病
act.25
「ただいま」
「お帰り」
帰宅時はエレベーターに乗る時に連絡をすること。
そんな約束をさせられたのは、玄関で出迎えるのはヒモの勤めだから、らしい。
玄関を開けると、ぎゅっと抱きしめられて、キス。
それから手に持っていたトートバックを渡して、帰宅したらまずは手洗いうがいをしたいので洗面所までエスコート。
手を洗っている間に、お風呂と食事のどちらを先にするかを聞かれて、冬也さんは私の返事で次の準備をする。
というのが帰宅時の流れ。
「お風呂」と言えば、ふかふかのバスタオルとリラックス下着、着心地最高な可愛い部屋着が準備され、湯上りには美しいグラスに入った白湯が差し出される。その後はもちろんキンキンに冷えたビール。
そして「ご飯」と言えば、素材の味や風味、歯ごたえを生かした美味しくて、見た目にも美しい、栄養バランスが完璧な一汁五菜とツヤツヤのご飯が出てくるのだ。
ちなみにお昼は、なんとお手製のお弁当。冷凍食品を詰めるだけのやつじゃなくて、ちゃんと作ってるやつ。毎日が感涙ものの食生活です。
冬也さんは私の行動パターンや思考、行動、クセ、好きな物や嫌いな物をどんどん把握していって、2週間もすると「お茶飲みたいなー」と思ったら何も言わなくても絶妙なタイミングで出てくるし「疲れたなー」と思っているとソファで膝枕をしてくれたり、ツボ押しやマッサージまでしてくれるまでになった。
痒い所に手が届くというか、行動を先読みして先手を打ってくるというか。
ここまでになると、ヒモじゃない気がする。
かと言って嫁でもない。
嫁より専門職的なプロ意識を感じる。
うーんとしばし考えて閃いた。
あれだよあれ。
「執事! 冬也さんて執事みたい」
そう言ったら「やっぱりそうか」と冬也さんに苦笑いされた。
やっぱり?
「実は手本にしている人物がいるんだ。基本、彼の真似をしている」
えー! びっくり。
こんなすごい人がお手本にするって、どんだけすごい人なんだ! 何者!?
「スティーブン。祖父の家の執事だよ」
スティーブン、とな。執事のスティーブン。
さらに冬也さんは恐ろしい事をさらりと言った。
「どの家の執事も優秀だけどスティーブンは格が違う。スティーブンの家は代々ボーフォート家の執事を務めていてね、執事としては非の打ちどころがない人物だ」
だから彼の動きを思い出して、李紅が気持ちよく過ごせるよう接しているつもりだけど、上手くやれているかな、ってちょっと不安気な表情なんてレアでキュンとくるんですけど、それよりも……!
執事、スティーブン、ボーフォート家。
それ執事が出てくるマンガの話じゃなくて、冬也さんのおじいちゃんちの話?
それに聞き捨てならない前置きが。
「あの……どの家の執事もって。もしかして冬也さんの身内の方って結構、家に執事がいるものなんですか?」
「そうだね。大抵いるかな」
大抵、執事がいる……っ!
大抵、いねえよそんなもん!!
「も、もしかしてメイドさんもいる?」
「いるけど、それがどうかした? 李紅、白目になってるけど気分でも悪いのか? 顔色も悪い」
リアル・メイド―――――――――――!
冬也さんがドクターを呼ぼうとするのを何とか止めて、即座にがばりと緩められた胸元を押さえつつ、下肢挙上で寝かされたソファからよろよろと起き上がった。
貧血と思ったのかな。ヒモ執事は処置も素早い。
「……冬也さんの実家にも執事さんとメイドさんはいるんですか 」
まあね、お互い大人だし恋人関係に実家は関係ないけど、気になる。
ご両親とも今はアメリカに住んでいるとは聞いてるけど詳しくは知らない。
だって冬也さんの親戚が財閥ってことは、ご両親ともお身内が財閥。
怖くて深くは聞けない。
「俺の実家は一般家庭だから執事やメイドはいないよ。両親とも仕事で忙しいから、家政婦さんはいたけど」
一般家庭。よ、よかった。
共働きで多忙なら、家政婦さんとか家事代行サービスを利用することは珍しくない。
「あの……ちなみにご両親はどんなお仕事を?」
「父が脳外科医で母は医学博士。母は熱帯医学の研究をしているんだ。二人とも医療職だから李紅と話が合うのじゃないかな」
ご両親はやっぱりただ者ではなく、両親がドクターって一般家庭のカテゴリーなのか疑問ではあるけど、どデカい会社の社長さんじゃなくて、なんとなくホッとした。
医療職って言っても私とは知識や経験の差が天と地ほど違うから話が合うかどうかは微妙ですが。
執事やメイドのいる家庭ってビビります。と正直に話した所、私の不安を察した冬也さんは身内について話してくれた。
父方のお祖母さん(オーストリア系フランス人)は生粋のお嬢様だったのだけど、当時パリで働いていた日本人のお祖父さんと出会い、恋に落ちたそうだ。
二人は結婚を決意したのだけど、周囲に反対されて、日本に駆け落ちした。
お祖父さんは普通の商社マンだったから(エリートやんというツッコミはなしで)お父さんは、一般的な家庭で育った。
ちなみに冬也さんが生まれた頃には、ようやくお祖母さんの実家との関係が修復して、それからは交流するようにはなったそうだ。
冬也さんのお母さんは、父方のお祖父さんがさっき出てきたスティーブン執事がいるイギリス名家、母方はシンガポールのリー家という、ものすごい生まれ育ちなのに、少々変わってる女の子だったから深層の令嬢というには語弊があるらしい。
「人間よりも動物や寄生虫が好きなんだ。父は例外らしいけど」
息子も例外だろ思ったら、息子たち(冬也さんにはお兄さんがいる)より原虫のほうが面白いと言われたそうだ。お母さん……。
「日本には住んでいたけど、父はアメリカや欧州、母はアフリカや東南アジアにいることが多くてね。家政婦さんに任せきりという訳にもいかないから俺たち兄弟は、祖父母や親戚の家で世話になることが多かったんだ」
幼い頃は日本のお祖父さん宅でお世話になっていたけど、亡くなってからはシンガポールやイギリス、フランスとあちらこちらに預けられたそうだ。
その親戚がフランスが拠点のアルネゼデール家とシンガポールが拠点のリー家らしい。
18歳まで家族と一緒が当たり前で、地元の狭いエリアで暮らしていた私には想像もつかない。
ご両親と離れての生活は辛くなかったのかな。
「そうでもないよ。祖父母だけでなく大勢に育てられた感じかな。祖父や執事に怒られたり、従兄弟たちと遊んで喧嘩しながら、いろいろなことを学んで楽しむことができた」
そう話す冬也さんの表情はとても穏やかだ。単純な家庭環境じゃなかったみたいだけど幸せに感じていたのなら、良かった。
「俺の両親も、親戚たちも、李紅から見たら少し特殊かもしれない。でも気にすることは何もないんだ。これから先、彼らと関わることがあっても、俺たちに干渉なんてさせない。約束するよ」
「冬也さん……」
「李紅は、俺が守る」
李紅は、俺が守る。
李紅は、俺が守る。
李紅は、俺が守る。
なんて素敵な響き。何度でもリピートしちゃうよ。記憶を脳の海馬から側頭葉に永久保存だよ。
ハートを射抜かれてくらくらする。こんな言葉を生で言われる日が来るなんて……!
「私、幸せです。こんな素敵な冬也さんが私のヒモ彼だなんて」
「李紅」
愛おしそうに引き寄せられて、頭やこめかみ、鼻や唇にキスが降ってくる。
「でもね冬也さん。ヒモ関係は相手を本気で好きになっちゃダメなんですよ」
「それは困る。俺は君が好きだ」
「じゃあ私たち間違ってる。どうしよう」
「どうしようって、どうしようもないよ」
キスの嵐がくすぐったい。身をよじりながら、どうでもいい問題提起をすると、冬也さんはバカな私を咎めるように耳たぶを軽く噛んだ。
「呼び方なんてどうでもいいんだ。李紅が俺の傍にいてくれるなら。毎朝、君にキスをして、毎晩、君を抱いて眠れるのなら、俺はヒモでも妻でも夫でも、何にでもなる」
冬也さんの長期休暇は1年間。
喧嘩やすれ違いもあるだろうし、慣れてくれば嫌な面が見えたりイライラすることもきっとある。
でも分かっていることは。
その間に私は、彼にとことん甘やかされて、どんどん嵌っていって、きっとこの生活は習慣化してしまうってこと。
ヒモ彼との溺愛生活は、まだまだ続く。
end.
「お帰り」
帰宅時はエレベーターに乗る時に連絡をすること。
そんな約束をさせられたのは、玄関で出迎えるのはヒモの勤めだから、らしい。
玄関を開けると、ぎゅっと抱きしめられて、キス。
それから手に持っていたトートバックを渡して、帰宅したらまずは手洗いうがいをしたいので洗面所までエスコート。
手を洗っている間に、お風呂と食事のどちらを先にするかを聞かれて、冬也さんは私の返事で次の準備をする。
というのが帰宅時の流れ。
「お風呂」と言えば、ふかふかのバスタオルとリラックス下着、着心地最高な可愛い部屋着が準備され、湯上りには美しいグラスに入った白湯が差し出される。その後はもちろんキンキンに冷えたビール。
そして「ご飯」と言えば、素材の味や風味、歯ごたえを生かした美味しくて、見た目にも美しい、栄養バランスが完璧な一汁五菜とツヤツヤのご飯が出てくるのだ。
ちなみにお昼は、なんとお手製のお弁当。冷凍食品を詰めるだけのやつじゃなくて、ちゃんと作ってるやつ。毎日が感涙ものの食生活です。
冬也さんは私の行動パターンや思考、行動、クセ、好きな物や嫌いな物をどんどん把握していって、2週間もすると「お茶飲みたいなー」と思ったら何も言わなくても絶妙なタイミングで出てくるし「疲れたなー」と思っているとソファで膝枕をしてくれたり、ツボ押しやマッサージまでしてくれるまでになった。
痒い所に手が届くというか、行動を先読みして先手を打ってくるというか。
ここまでになると、ヒモじゃない気がする。
かと言って嫁でもない。
嫁より専門職的なプロ意識を感じる。
うーんとしばし考えて閃いた。
あれだよあれ。
「執事! 冬也さんて執事みたい」
そう言ったら「やっぱりそうか」と冬也さんに苦笑いされた。
やっぱり?
「実は手本にしている人物がいるんだ。基本、彼の真似をしている」
えー! びっくり。
こんなすごい人がお手本にするって、どんだけすごい人なんだ! 何者!?
「スティーブン。祖父の家の執事だよ」
スティーブン、とな。執事のスティーブン。
さらに冬也さんは恐ろしい事をさらりと言った。
「どの家の執事も優秀だけどスティーブンは格が違う。スティーブンの家は代々ボーフォート家の執事を務めていてね、執事としては非の打ちどころがない人物だ」
だから彼の動きを思い出して、李紅が気持ちよく過ごせるよう接しているつもりだけど、上手くやれているかな、ってちょっと不安気な表情なんてレアでキュンとくるんですけど、それよりも……!
執事、スティーブン、ボーフォート家。
それ執事が出てくるマンガの話じゃなくて、冬也さんのおじいちゃんちの話?
それに聞き捨てならない前置きが。
「あの……どの家の執事もって。もしかして冬也さんの身内の方って結構、家に執事がいるものなんですか?」
「そうだね。大抵いるかな」
大抵、執事がいる……っ!
大抵、いねえよそんなもん!!
「も、もしかしてメイドさんもいる?」
「いるけど、それがどうかした? 李紅、白目になってるけど気分でも悪いのか? 顔色も悪い」
リアル・メイド―――――――――――!
冬也さんがドクターを呼ぼうとするのを何とか止めて、即座にがばりと緩められた胸元を押さえつつ、下肢挙上で寝かされたソファからよろよろと起き上がった。
貧血と思ったのかな。ヒモ執事は処置も素早い。
「……冬也さんの実家にも執事さんとメイドさんはいるんですか 」
まあね、お互い大人だし恋人関係に実家は関係ないけど、気になる。
ご両親とも今はアメリカに住んでいるとは聞いてるけど詳しくは知らない。
だって冬也さんの親戚が財閥ってことは、ご両親ともお身内が財閥。
怖くて深くは聞けない。
「俺の実家は一般家庭だから執事やメイドはいないよ。両親とも仕事で忙しいから、家政婦さんはいたけど」
一般家庭。よ、よかった。
共働きで多忙なら、家政婦さんとか家事代行サービスを利用することは珍しくない。
「あの……ちなみにご両親はどんなお仕事を?」
「父が脳外科医で母は医学博士。母は熱帯医学の研究をしているんだ。二人とも医療職だから李紅と話が合うのじゃないかな」
ご両親はやっぱりただ者ではなく、両親がドクターって一般家庭のカテゴリーなのか疑問ではあるけど、どデカい会社の社長さんじゃなくて、なんとなくホッとした。
医療職って言っても私とは知識や経験の差が天と地ほど違うから話が合うかどうかは微妙ですが。
執事やメイドのいる家庭ってビビります。と正直に話した所、私の不安を察した冬也さんは身内について話してくれた。
父方のお祖母さん(オーストリア系フランス人)は生粋のお嬢様だったのだけど、当時パリで働いていた日本人のお祖父さんと出会い、恋に落ちたそうだ。
二人は結婚を決意したのだけど、周囲に反対されて、日本に駆け落ちした。
お祖父さんは普通の商社マンだったから(エリートやんというツッコミはなしで)お父さんは、一般的な家庭で育った。
ちなみに冬也さんが生まれた頃には、ようやくお祖母さんの実家との関係が修復して、それからは交流するようにはなったそうだ。
冬也さんのお母さんは、父方のお祖父さんがさっき出てきたスティーブン執事がいるイギリス名家、母方はシンガポールのリー家という、ものすごい生まれ育ちなのに、少々変わってる女の子だったから深層の令嬢というには語弊があるらしい。
「人間よりも動物や寄生虫が好きなんだ。父は例外らしいけど」
息子も例外だろ思ったら、息子たち(冬也さんにはお兄さんがいる)より原虫のほうが面白いと言われたそうだ。お母さん……。
「日本には住んでいたけど、父はアメリカや欧州、母はアフリカや東南アジアにいることが多くてね。家政婦さんに任せきりという訳にもいかないから俺たち兄弟は、祖父母や親戚の家で世話になることが多かったんだ」
幼い頃は日本のお祖父さん宅でお世話になっていたけど、亡くなってからはシンガポールやイギリス、フランスとあちらこちらに預けられたそうだ。
その親戚がフランスが拠点のアルネゼデール家とシンガポールが拠点のリー家らしい。
18歳まで家族と一緒が当たり前で、地元の狭いエリアで暮らしていた私には想像もつかない。
ご両親と離れての生活は辛くなかったのかな。
「そうでもないよ。祖父母だけでなく大勢に育てられた感じかな。祖父や執事に怒られたり、従兄弟たちと遊んで喧嘩しながら、いろいろなことを学んで楽しむことができた」
そう話す冬也さんの表情はとても穏やかだ。単純な家庭環境じゃなかったみたいだけど幸せに感じていたのなら、良かった。
「俺の両親も、親戚たちも、李紅から見たら少し特殊かもしれない。でも気にすることは何もないんだ。これから先、彼らと関わることがあっても、俺たちに干渉なんてさせない。約束するよ」
「冬也さん……」
「李紅は、俺が守る」
李紅は、俺が守る。
李紅は、俺が守る。
李紅は、俺が守る。
なんて素敵な響き。何度でもリピートしちゃうよ。記憶を脳の海馬から側頭葉に永久保存だよ。
ハートを射抜かれてくらくらする。こんな言葉を生で言われる日が来るなんて……!
「私、幸せです。こんな素敵な冬也さんが私のヒモ彼だなんて」
「李紅」
愛おしそうに引き寄せられて、頭やこめかみ、鼻や唇にキスが降ってくる。
「でもね冬也さん。ヒモ関係は相手を本気で好きになっちゃダメなんですよ」
「それは困る。俺は君が好きだ」
「じゃあ私たち間違ってる。どうしよう」
「どうしようって、どうしようもないよ」
キスの嵐がくすぐったい。身をよじりながら、どうでもいい問題提起をすると、冬也さんはバカな私を咎めるように耳たぶを軽く噛んだ。
「呼び方なんてどうでもいいんだ。李紅が俺の傍にいてくれるなら。毎朝、君にキスをして、毎晩、君を抱いて眠れるのなら、俺はヒモでも妻でも夫でも、何にでもなる」
冬也さんの長期休暇は1年間。
喧嘩やすれ違いもあるだろうし、慣れてくれば嫌な面が見えたりイライラすることもきっとある。
でも分かっていることは。
その間に私は、彼にとことん甘やかされて、どんどん嵌っていって、きっとこの生活は習慣化してしまうってこと。
ヒモ彼との溺愛生活は、まだまだ続く。
end.