世界にひとつのどこにもない物語
「あいつ…」

間違いないと、狼谷は呟いた。

昨日まやに絡んできた男――彼女が大学時代につきあっていた元恋人の嘉門だった。

理由も聞かされることなく、まやの前から姿を消して、彼女に深い心の傷を負わせた男だ。

嘉門は目の前のビルを見ていた。

まやがビルから出てくるのを待っているのだろうか?

そう思ったらいても立ってもいられなくなり、狼谷はベンチから腰をあげた。

「まやに何か用か?」

後ろから嘉門に向かって声をかけると、彼は驚いたと言うように振り返った。

「まやから聞いたで、大学時代につきおうとったらしいな」

そう言った狼谷に嘉門は目を見開いた。

「理由も何も言わんとまやの前から姿を消したらしいな」

狼谷から目をそらすように、嘉門はうつむいた。
< 85 / 111 >

この作品をシェア

pagetop