そのイケメン、オタクですから!
第6章 彼の想いと校則

1

2年3組の教室の前に立つ。
一つ深呼吸をして中を覗き、私は目的の人を見つけた。
「斎藤先輩! 昨日の約束、覚えてますよね?」

後ろでガシャンと大きな音が響く。
振り返ると、誰かに蹴られた椅子が大きく動いた音だった。
椅子に八つ当たりした人は、今度はドアを蹴って教室から出ていく。

周囲の人がポカンとそれを見送って「どうしたんだろうね、今日の及川君」
「来たときから機嫌悪かったもんね」と口々に話し出す。

斎藤先輩は訝しそうな視線を私に向けて「本当に及川に言ったのか?」と耳打ちしてきた。

「当然です。及川先輩の為に退学になんてなりたくないですから。ちゃんと約束守って下さいね」
小声で返すと、斎藤先輩は満足げに鼻で笑う。

「お前、意外とひどい女なんだな」
「変装中の留愛がいいなんて物好きだと思って付き合ってただけなのに、すっごく泣きつかれちゃったんですから。諦めてくれるまで先輩の事追いかけ回しちゃうかも」
「はは、いいものが見れるな」

予鈴の音が大きく響く。
「じゃあ、私行きますね」

斎藤先輩に手を振って歩き出した。
空っぽの3年生の教室の前を通る時に、中にいた人と目が合った。

私はすぐに逸らしたけど、強い視線を感じる。
墓石って呼ばれるダサい制服、彼が着ると妙に格好良かった。

憧れていた制服デートが出来たのは、結局一回だけだった。
しかも行先はメイドカフェだし。

見た目はとびきり格好いいのに中身はちょっとオタクで、恥ずかしがり屋で、純粋な人。

彼の卒業式に、泣きたかった。

また目頭が熱くなって、私は慌てて頭を振る。
まだ終わってない。
まだ泣いちゃダメ。

泣くのは今夜家に帰ってから。
一晩中泣いてやればいい。

右手をポケットに突っ込んで紙の感触を確かめる。
私は……迷わない。
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