そのイケメン、オタクですから!
自分の教室までの道のり、昨夜の駅前広場であった事を思い出す。

ツリーが消え去った広場は妙に広くて、ブレザーの前を合わせた。

わざと10分遅れて行ったから、一定の間隔を空けて設置されたベンチには思った通り及川先輩が座っていた。
制服のままの後姿。

スマホをタップしてから、そっと足音を殺して近づく。
ポケットからコール音が響いて、スマホを探る及川先輩の後ろに回る。
……両手で目を覆った。

「留愛?」
「こっち、見ないで。そのまま話聞いて下さい」

「…………」
返事はなかったけど、手を離しても先輩は振り返らなかった。

ほっと一息ついて、私は口を開く。

「こんな形で言いたくなかったけど……私、先輩の事ずっと騙してて、利用してたんです。
初めはもしかしたら私の夢叶えてくれるかもって近づいて、いつの間にか好きになっちゃって。でも本当の事言えなくて……」

うつむくと真っ直ぐ下ろした茶髪が肩から落ちた。

今の私は、学校での留愛じゃない。
でもナナでもない。

服装は制服だけど、学校指定のハイソックスは履かなかった。
学校指定の黒い革の鞄も持ってない。

浅黒い肌のファンデーションは塗ってないし、そもそも化粧をほとんどしてない。
それでもビューラーをしただけの目はいつもの留愛よりも数倍大きく見えて、もちろん黒ぶちメガネはない。

私、ナナなんです。
実はアルバイトしていたんです。

上手い言葉が見つからなくて、私は先輩の首に腕を回して……唇を重ねた。

座ったまま振り向く形になった先輩は、慌てて私を押しのける。
「ばっ……お前、こんなとこで…………」

目が合ったら、びっくりした時のハムスターみたいに固まった。
切れ長の目は見開かれて、今私と触れ合っていた唇は軽く開かれたまま。

言葉は……ない。
< 129 / 193 >

この作品をシェア

pagetop