そのイケメン、オタクですから!
……そんなわけ、ないよね。

水面に墨を落としたみたいに不安が広がって、胸の中が真っ黒になる。
指先の感覚がなくなって、無意味に何度も手を握った。

違う。絶対、違う。

「留愛」
ほら、先輩が戻ってきた。
先輩の傍にいれば、不安なことなんて何もない。

「及川先輩」
笑顔で振り向いた私の顔を覗き込んだのは、ビー玉みたいに冷たい瞳。

許可もしていないのにその人は私の前に座って「久しぶりだな」と嘘くさい笑顔を向けてきた。

「どう、して……?」
口の中がからからで上手く言葉が話せない。

逃げなきゃと思うのに、足はぴくりとも動かせなかった。
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