【短編】Once more
「この後どうする? あそこのテーマパークでハロウィンのイベントやってるみたいだから、ちょっと行ってみる?」
注文した料理も食べ終わり、煙草に火を付けた愁が問いかけてきた。
世間じゃ禁煙ブームで喫煙者が追いやられているみたいだけど、私は男の人が煙草を吸う仕草が好き。
煙は嫌いなんだけど、煙を吐き出す瞬間の表情が好き。
「んー。疲れたし家帰ろ」
だから、愁の顔をジーッと眺めながら答えると、ちょっと照れた表情を見せて顔を逸らした。
可愛いやつめ。
そんなことを思いながらクスクスと笑うと、今度は愁が私を視線に捉えてきた。
視線を逸らす素振りもなければ、真剣な顔つきでただひたすら眺めている。
ドキドキする。
あーっ、ドキドキする。
ついに降参した私は、「恥ずかしいってば」と言って顔を背けた。
「さっきの仕返し」
煙草の火を消しながらフッと笑った愁は、腰を上げて伝票を手に取る。
「さ、出ますか」
そう言って先にレジへ向かうと、会計をすばやく済ませてくれた。
「ごちそうさまでした」とお礼を告げ、店内を出たところで、私は愁の腕をとって体を寄せた。
腕を組むなんて久しぶりだけど、何だか今日はそんなことをしたくなってしまったんだ。
大きな仕事が終わった解放感と達成感で気が抜けて、愁に甘えたくなったんだと思う。
こんなとこでいちゃついて、とか思われてもいいや。
そう思えるほどに、
「えへへっ」
「はいはい」
愁に触れていたかった。
そんな私を受け入れてくれる愁のこと、本当に大好きだなぁと心の底から思った、そんな一日でした。
と、ここで物語は終わるはずだった。
家に帰ったらすぐに熟睡しちゃいそーだなーとか、もしかしたら愁から迫られちゃってムフフ……とか、呑気に考えていた私に、予想外の出来事がふりかかったのは、家まで後五分ぐらいの何の変鉄もない道端だった。
「紀子、あのさ」
「んー? どうしたの?」
腕を組んだまま、顔を上げて愁を覗き見る。
反対の手で、頭をポリポリとかきながら、愁は重そうな口を開いた。
「最近さ、仕事で何があったのか俺は知らないし、何があったか言いたくないなら聞かなくていいって思った。まー八つ当たりされてるなぁとは思ったけどな」
「あははっ……ごめんね、本当に」
これは今更説教ですか?
マジですか?
まさかのこのタイミングでですか?
私は次に何を言われるのかヒヤヒヤしながら、そっと腕から手を離した。