【短編】Once more
地平線に沈む夕日が愁を照らし、少し眩しくて私は目を細める。
表情も読み取りづらかったので、愁の体の陰に隠れるように少しだけ体を移動させたら、真っ直ぐに私を見つめる愁が目に映った。
「何も気にしてないから、謝る必要ないよ。寧ろ」
その言葉にとりあえず安堵し、私は言葉を返さずに相槌を打った。
住宅街ど真ん中の道端で、いつの間にか体が向き合っている私たち。いつもと変わりない情景なのに、いつもとは違う空気が二人の間を流れる。
私は、ただただ、愁の言葉に耳を傾ける。
「感謝してるぐらいだから。今回のこと」
感謝してる?
何で八つ当たりを感謝されるのかさっぱり意味が分からない。
よくよく思い返してみても、あれは酷い言動だったと思う。
いくら親しい仲でも、あれはなかったんじゃないかって反省しているぐらいなのに。
「紀子」
「はっ、はいっ!!」
一人考えていた私は、急に名前を呼ばれて驚いた。
だけど、驚きはこれだけでは済まなかったんだ。
「俺と結婚して下さい」
……えっ?
さっきまで閉じていた口が、間抜けなぐらいに開いていく。
「けっ、けっ……結婚!?」
「そう、結婚」
私とは対称的に、落ち着いた様子で笑みをこぼしながら話す愁。
「八つ当たりされてイラッともしたんだけど、それ以上にそんな紀子のこと支えたいって気持ちが強くなったんだ」
目の前で起きている出来事が、まるで他人事のように現実味を帯びない。
予想だにしなかった出来事が、私の体の自由を奪っていく。
「つらいことや悲しいことがあった時は助けてやれたらって思うし、嬉しいことや楽しいことは一緒に共有したいって、今回心の底から思ったんだ。だから……」
そう言った愁は、ズボンのポケットに手を入れると、
「俺と結婚してくれる?」
高級そうなケースから指輪を取り出した。
どんなサプライズなんだろう。
次第に涙で視界がぼやけてくる。
キラキラ、キラキラと、その輝きが二重にも三重にも見えてくる。
「……私も、愁がいたから今回の仕事頑張れたんだよ」
とめどなく溢れる涙が頬を伝う。
それをそっと拭ってくれる愁の手を、私は包み込むように両手で握りしめた。
「ありがとう、愁」
「返事は?」
そんなの決まっている。
今回のことで改めて愁の大切さを実感して、自分の気持ちを再確認して、愁が傍にいてくれて本当によかったって思った。
そんな愁からのプロポーズ。
「お願いします」
断る理由なんて一つもない。