【短編】Once more
まるでここは、二人だけの空間。
そんな錯覚さえ起こすほど周りのことが頭から消えて、人目もはばからず、
「愁~っ!! 大好き!!」
私は愁の胸へと飛びついて、ギュッと抱きしめた。
そんな私の体をさらに抱き寄せて、愁の温もりに包まれる。
ぴったりと密着した体から、心臓の鼓動が伝わってくる。
きっと、私も愁も二人とも、同じように凄い速さで心臓が動いている。
「俺も、好きだよ」
その言葉に顔を上げれば、愁の顔が近付いてきて前髪が顔にかかり……。
きっと、ずっと、この日を忘れない。
この日のこの気持ちを忘れない。
これから先、きっと楽しいことばかりじゃないだろう。
だけど、愁とならどんなことがあっても乗り越えられる。愁が傍にいてくれるなら。
例え喧嘩しても、うまくいかないことがあったとしても、それを乗り越えて、私たちうまくやっていけるよね?
愁の手が緩み、再び見つめられる。
その眼差しがとても甘くて優しいもので、私は思わず顔が緩んだ。
「あーあ、本当は観覧車のてっぺんで渡すつもりだったんだけどな」
「えっ?」
私の手を取った愁は、指輪をはめながらそう言った。
「付き合い始めの頃に、一緒に観覧車に乗った時紀子言ってただろ。“ここでプロポーズされたいなぁ”って」
「言ったっ!! そんな前のこと覚えてたんだ」
意外だった。
何かそんなことあんまり気にしてないのかと思ってたし、私でさえ忘れていたのに。
「愁……」
凄く嬉しい。
この感情をどう表していいのか、よく分からないぐらい。
観覧車のてっぺんでプロポーズとか、そんなロマンチックなこと……って!
「ちょっと待ってー!!」
私はすんでのところで制止して、指輪が指にはめられるのを阻止した。
「どうした?」
「行こっ」
「はっ? どこに?」
「観覧車!」
「……はい?」
だってだって、夢だったんだもん!
「今からもう一回、観覧車でお願い!」
「いやいや、二度もするとか……変じゃない?」
「そんなことないよ! 人生いろんなことがあるんだから、こういうことがあってもいいんじゃない?」
渋る愁の手を引き、私は思わず足早になる。
出来ないことなら仕方ないと諦めたとしても、出来ることならするべきだ。
そう愁に教えてもらったんだもん。
「行くよ、愁!」
「はいはい……」