【短編】Once more

翌朝目が覚めるとすぐに、美味しそうな匂いが鼻を擽った。

眠い目を擦り髪をかき上げ、静かにベッドから降りて足を進める。


「おはよう」

「あっ……お、はよう」


姿を確認するなり昨日のことが夢であったかのように、普通に接する愁に戸惑いながら椅子に腰かける。

ご飯とみそ汁が食卓に並んでいて、出来たてなのか湯気が立ちあがっている。

愁は、背中を向けてご丁寧に食器まで片付けしてくれていて、私はどうしていいのか分からず、ただそこに座っていると、


「早く食べないと会社遅刻するぞ? 俺、今日朝早いから先に出るから」


笑顔を向けてそう言って、鞄を持って部屋から玄関へと消えていった。


「……いただきます」


そう言えば、いつ家に帰ってきたのかな。

怒ってないのかな。

謝るタイミングもまったくなくて何も言えないまま、私の為に用意されたご飯を口にする。


いつからか多少の言い合いはあっても、激しい喧嘩をすることがなくなっていた。

付き合い始めて四年、私が就職したのを機に同棲を始めて半年。

初めの頃のトキメキとかいつの間にかなくなっていて、近頃一緒にいるのが当たり前のような空気みたいな感じになっている。

付き合いが長くなるとこんなものなのかなぁって思ってしまう。


「ごちそうさまでした」


だけど、今ちょっとだけ、嬉しくて心が温かくなった。

久々に作ってくれた朝ごはんは、お世辞にも美味しいとは言い難かった。

だけど、その気持ちが嬉しかったんだ。

ドキドキとかそんなトキメキはないけれど、ポカポカと包み込んでくれるような温かさ。


「帰ってきたら謝らないと」


少しだけ気分が浮上して、憂鬱な会社へも何とか行こうと思えるようになった。



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