【短編】Once more
「おはようございます、増田さん」
「……あー、おはよう」
よし、言えた。
心の中でガッツポーズを作り、自分を褒め称える。
昨日のこと、企画を盗まれたこと、忘れたわけじゃない。
だからと言って今更どうしようもないから、いつも通りに振る舞った。
今朝、愁が私にしてくれたみたいに。
「にしても、あの驚いた顔」
私があまりにも普通通りに接してきたせいなのか、アホ面浮かべた増田さんを思い出して笑いがこみ上げてくる。
人生どうしようもないこともあって、思い通りにいかないことがたくさんで、嫌気がさすことだってあるけれど。
それでも、日常は毎日同じようにやってくる。
それなら、今出来ることをやるしかない。
そんな風に思えたのも愁のおかげかな。
そんなことを思いながら、私は仕事に就いた。
それから数日後。
増田さんの企画が通って、実際にイベントの日程まで決まり、私の日常は急に慌ただしくなった。
「根岸さん、発注数の確認の電話してて」
「はいっ!!」
そんなに大きい会社じゃないから、社員総出でイベントの準備に追われる。
忙しいほうがいい。
受話器を持ちあげて、耳に鳴り響くコール音を聞きながら、休む暇なく動いている他の社員を見て思う。
元は私が考えていた企画……。
『はい、○○商事です』
「……あっ」
いけない、いけない。
考え事をしながら仕事をしていると、ろくな仕事もできない。
慌てて電話口の相手と話しを始める。
企画したイベントは、着々と形になっていっている。
それを目の当たりにして、諦めていたはずなのに、やるせない気持ちが押し寄せてくる。
私が思い描いていたイベントとはどこかかけ離れてきていて、それが仕方のないことだとは分かっていても、どこかで納得できていない部分がある。
モヤモヤがとれなくて苦しい。