【短編】Once more

そんな気持ちを抱えたまま、そして、愁ともうやむやなまま、時間だけが過ぎて行った。

当たり前となった毎日の残業を今日も終わらせ、生温かい風に少しの心地よさを感じながら、家までの道を歩き始める。

昼間の賑いはどこへ行ってしまったのか、オフィス街からは明かりが消え、人もまばらで、何だか急に寂しさがこみ上げてきた。

私は、ふと空を見上げた。


今日は新月なのかな。


空には月が姿形を現すことなく、街灯の明かりに負けじと星が微かに煌いている。

そんな星を、今の自分の姿と重ね合わせて見てしまっている自分がいる。

必死に、周りに負けないように、自分の存在を認めてもらえるように。

名前さえ残らない、増田さん以外誰も知らない、企画の案は元は私のものだったことを。

この企画を成功させることで、確かめようとしている。

そこに……
私がいたことを。


「しかめっ面してんな」

「……愁っ!! どうしてここに?」


私の会社とはまったく別方向の会社で働いている愁が、スーツを着たまま目の前に現れたことに驚いた。

きっと目をパチクリしていたのだろう。

クスッと鼻で笑われて、さりげなく手を絡ませてきた。


「最近帰りが遅くて中々一緒の時間過ごせないから、お迎えにあがりました、姫?」

「ちょっと……姫って」

「まぁ俺からしてみれば、紀子は姫だからな」


クサい台詞、バカップル以外の何者でもないって思うけど。


「ありがとう、王子様」


ちょっと嬉しくなって顔が緩んでしまったから、話に乗ってあげる。

顔を見上げると目が合って、二人でほほ笑む。

愁の存在がまるで月のように、私を明るく照らしてくれる。

そこにいることが当たり前のような存在になっていたけれど、こういう時、改めてその存在の大きさを実感するものなんだ。


「この前はごめんね」


体を少し愁に寄せて、繋いだ手の指先から愁を感じ取るように、優しく動かす。


「何が?」


おそらく、私が言っている言葉の意味は分かっているのに。


「ありがとう、愁……」


愁の優しさに包みこまれ、心の底から好きだという気持ちが溢れだす。

それを表すかのように、私は手をギュッと握りしめた。



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