【短編】Once more
すれ違いの日々は、イベントが近付くにつれてさらに増えていった。
私より先に就職した愁は、そんな私の現状を理解してくれて、頑張れって応援してくれている。
最近は愁も仕事が忙しいのか、家に帰ってからもパソコンとにらめっこしていて、ろくな会話さえ交わせないでいた。
たまに無性に恋しくなる。
だけど、今の私は、今目の前にある仕事で精いっぱいで、触れることさえできずにいた。
「今日だろ? 最後までやり遂げてこいよ」
そんな言葉をかけられたのは、イベント当日の朝。
「うん、ありがと」
「終わったら久しぶりに二人で出かけないか?」
ただひたすら頑張ってきた私へのご褒美と言わんばかりの提案に、私は間髪入れずに頷く。
「愁は仕事大丈夫なの?」
気になって問いかけてみると、軽く頭を小突かれて、そんなこと気にするなって笑ってキスをしてきた。
唇に触れるだけの短いキス。
なのに……。
「何か恥ずかしい」
久々に触れられたせいなのか、恥じらいという言葉が、まだ自分の中にあったんだなぁって、体温の上昇とともに感じる。
「朝から欲情しましょうか?」
「バカッ」
冗談まじりの、いや、冗談なんだろうけど。
そんな言葉に振り回される私を、思いっきり笑い飛ばしてくれる愁に見送られて、まだ日も昇っていない早朝に家を出た。
深夜以上に不気味な静けさをもつ街並みで、ライトを付けた新聞配達のバイクとすれ違い、眠りから覚めた鳥が鳴きながら空を飛び交う様子を眺めながら駅へと向かう。
時間の経過とともに、次第に空は色を変えていく。
日が昇り始めて光を照らし始めた頃、私は電車に乗って今日の工程の確認を行った。
初めての大きなイベントが、元は自分の案で、結局は自分が思っていたものとはかけ離れてきているんだけれど。
それでも仕事だから。
成功させないといけない。
未だに私のどこかに取れないしこりが残っているような、不快で気持ち悪い状態だけど、それでも……やり遂げるしかないんだと気合いを入れなおす。
パラパラと紙を捲って一通りの工程を確認し終えてから、深呼吸をして書類をバッグに直す。
窓の外には太陽が顔を出し始めていた。