【短編】Once more

「それじゃあ皆さん、今日は一日宜しくお願いします」


増田さんの挨拶を皮切りに、社員それぞれが自分の持ち場の準備に慌ただしく動き始めた。


「頑張ろうな」

「おうっ、今日は頼むな!」


他の社員と言葉を交わす増田さんは活き活きとした表情で、何だか凄く羨ましくて妬ましく思いながら見ていたら、


「あっ……」


バッチリと目が合ってしまって、なぜかこっちに近付いてくる。

やばい、ドンドン近づいてくる。

最近は本当に挨拶ぐらいしか交わしていないから、近寄られても何を話せばいいのか分からない。

心の焦りとは裏腹に、増田さんは正面にまでやってきた。


「根岸さんも、今日は宜しくね?」


多分。

……きっと。

増田さんは凄く性格が悪い人だ。


「こちらこそ。絶対に成功させましょうね」


私に対して悪いことをしたなんて、きっと微塵も思っていない。

それどころか、人を鼻で笑いながら見下している様を見ていると、ざまあみろとでも言いたげな気さえする。

言いたいことはたくさんあった。

だけど、その瞬間全てがどうでもよくなった。

こんなちっぽけな人に企画を取られたからって大したことない。


「あなたより良い企画、いつか実現させますから。さ、今日は頑張りましょう」


思いっきり笑顔を向けて言葉を吐き捨てる。

それっきり増田さんから顔を背け、私は私の持ち場の準備に取りかかった。


資材を搬入して、備品の個数の確認。

忙しさに何かを考える暇さえなく、ひたすら動き回る。

気づけば会場のセッティングは完了していて後は本番。

来場者を待つのみとなった。


「根岸さんと戸成さんは受付で、松野さんは……」


増田さんの指示で、各々が配置へとついていく。

私にとって始めての大きな仕事。

まだまだ未熟なことは、今回の件で十分というほど実感させてもらえた。

だから、次に繋ぐために、いつか自分の企画を成功させるために、何でもいい。何でもいいから盗んで自分のものにする。

良いところも悪いところも全て。

この企画はこれから先の自分の成長の為のステップ。

経験を積んで知識を兼ね備えて、そして、その時みんなを唸らせるような企画を提案して、今度は私が増田さんを鼻で笑ってやるんだ。

悔しいけど……今はまだ増田さんの足元にも及んでいない。

だけど、まだ始まったばかり。

これで終わりじゃないから、私はここからスタートする。



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