【短編】Once more

「あーっ、疲れたぁぁぁ」

「お疲れ様。何食べに行く?」

「うーん……、疲れているからあまり遠くに行きたくないし。あっ、そこのファミレスでいいや」


イベントは無事に成功。

終わってみれば急に、今まで溜まっていた疲れがドッと体を襲ってきた。


「そういや打ち上げは?」

「うん、まだ事後処理で残らないといけない社員もいてね、打ち上げは後日って。私ら下っ端は明るいうちに解散!」


こうして愁と食事ができるわけだし、今日は解散でよかった。

やっぱり愁と一緒にいるのが楽。

気も遣わなくていいし、何より落ち着く。

あーっ帰ってきたんだなぁって思う。


「だからって、くつろぎすぎだろ?」

「へっ?」


ちょっと小生意気な言い草に聞こえた声色に、私は人目もはばからずテーブルに突っ伏していた体を、少しだけ持ち上げて愁の顔を見上げた。


「さっきから全部言葉に出てるし。まだ注文もしてないし」


声色とは裏腹に、優しげな眼差しで私を捉える愁。

胸が高鳴る。

と同時に、慌てて背筋を伸ばしてソファーに座りなおした。

ファミレスの店内だということもすーっかり忘れて、だらしない姿をしていた自分が恥ずかしくなって、まるで沸騰したお湯のように体の底から熱気が上がってきて、背中には冷や汗が流れる。


「えへへ」


笑ってごまかしちゃえ。

……。
…………。

束の間の沈黙。

何も言ってくれない愁に、何だか恥ずかしさも増して、


「へへ……って、注文しないとね! 愁は決めた? 私はいつものにしよーかなー」


居たたまれなくなって一人で喋り続け、焦りからか口調がどんどん速くなる。

メニュー表を手渡して、私も手に取ってページをひろげ、左手をベルの上に乗せ、押してもいい?と確認するように愁に目線を向ける。


「どうぞ」


もうっ。今日の愁はどうしたんだろう?

いつもなら返してくれる言葉も返してくれないし、だからと言って怒っている素振りもない。

穏やかで優しい表情を浮かべているかと思えば、急に遠くを見つめて物思いにふけているような。

そんな愁が何を考えているのかさっぱり分からなくて、首を傾げて頭を捻っていると、丁度店員が注文を聞きにきたから、考えるのをやめた。

ま、いっか。

仕事で疲れていた私は、それ以上深く考えずにこの時間を楽しむことにした。



< 9 / 14 >

この作品をシェア

pagetop