ESCAPE
そんな風に言い聞かせながら、ポケットから鏡を取り出し、化粧の崩れた自分の顔を映してみる。唾液で口の周りのファンデーションが崩れており、その背後を真っ青な空に白い雲がゆっくりと流れ行く。
少し落ち着きを取り戻しながら、名探偵ホームズのようなキモチでアイツの犯罪について考えをめぐらす。一見すると、草食動物のような彼がヒト殺しとなると、彼にはどこかプチリと自分の理性の琴線を切ってしまうほどの習性があるのかもしれない。しかし、襲おうと思えば、スピリタスでも飲ませてアタシに襲いかかってくるハズだ。現に彼がつかんできたのは、アタシの背中であって乳房ではない。その手つきすら、なんとなく頼りなかった。と、すると金がらみか。借金取りを殺したのか。しかし、平成のご時世。そんなに乱暴な借金取りがいるというのか。チキンハートっぽいし、怪しいビジネスに手を染めているような雰囲気もない。それに彼の実家は裕福であったはずだ。と、なると…
アタシはますますわけがわからなくなり、何かに操られるかのように、小路を歩き始めた。
しばらく、カツカツ踏み鳴らしていると、また、あの薄汚いボロアパートが見えた。半開きのドアから、また、Basket caseが聴こえてきた。
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