ESCAPE
「あ、今乗ったところぉ。これから向かうべー」メタボの隣には、ギャル男風の、ウルフヘアーの若者が座っていた。歳はアタシたちより少し下くらいだろうか。東京の自由な学生生活にかぶれ、故郷青森で土産話の一つでもしに帰るのだろうか。彼の瞳は爛々と輝いており、携帯電話口に話す声も、底抜けに明るい。一方隣のメタボは、死んだ肴みたいだ。
目はうつろで、時折、上着についた糸のささくれをピリピリといじくっている。
「お客様…」
ドライバーが、そういいかけた時、死んだ肴は一瞬、ピチャッと硬直したまま身震いした。
しかし、あたりの視線が隣のギャル男の携帯電話だとしると、メタボはまた、糸のささくれをいじりはじめた。誰がそう見ても健全ではないのはわかる。

「寒くない?」
アタシは、目の前にあった、50cm四方の小さなひざ掛けを彼の手元にかけてあげた。
すると、彼は一瞬にしてそれを払いのけ、ひざ掛けはむなしく通路に転げ落ちた。
「たのむよぉ。まだ、自由の身なんだからさぁ」
聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で彼はつぶやいた。ギャル男は、少しふてくされたようにプリクラ手帳を眺めている。

単なる付き添いできた身だというのに、アタシは自分のした行為を呪った。
(そうか、犯罪者って、たしか、布切れを…)
目の前にいるメタボは、デリケートな殺人者だ。面倒くさいことこの上ない。アタシにナニができるというわけでもないが、少なくとも数日の間はそばにいてあげよう。優しい言葉なんかかけずに、ただ、そばにいてあげよう。
高速バスはプオっというクラクションを鳴らし、夜のネオンへゆっくりと吸い寄せられていった。
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