ESCAPE
「ベイブリッジって横浜だけかと思った」
そんな風に、感想を漏らすアタシを避けるかのように、彼は眼下に広がる草原をジッと眺めている。ブリッジの手すりにつかまる彼の指が小刻みに震えており、それが初夏の冷気によるものなのか、それとも、「I can fly !!」と窪塚的なダイブを視野に入れているためなのか、アタシにはわからない。

「ここでさ。大学時代に、立小便したんだ。」
「ふーん」
「旅行サークルで遊びにきてさ。あの頃のモラトリアムが懐かしいよ」

モラトリアム≒猶予期間。監獄一歩手手前の今のほうが、言葉相応のようにも思えてくるが、アタシは励ます言葉も見当たらず、ただなんとなく「そうなんだ」とつぶやいた。

「学生の頃ってさ、何にもできやしないのに何でもできるように思えているのがすごいよね」
「今だって、自由じゃないの」
「いや、オレは終わった。後は罪を償うための人生」
「…」
「生きてることがむなしいよ」
「…」
「はーあ。死んじゃおうかな」
「死んじゃえば?」

アタシが、おもわず鬱憤をさらけだすかのように漏らすと、彼は手すりをグーッと引き寄せ、爪先立ちになりながら「そうだね」と小さく呻いた。
慰める言葉も見当たらないし、慰めようとする気力も無い。ほとほと面倒くさいオトコだ。
ナニがあったのかは知らんが、さっさと自首しろ。罪をつぐなえ。それが無理なら、せめて堂々と逃げ続け生き延びよ。
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