ESCAPE
翌日、学校で、ミホは先公にこっぴどくしかられ、さらし者にされた。電車は急ブレーキをかけ、ミホは奇跡的に助かったのだ。あの時、教卓の近くからアタシのほうを見ていた彼女の目が忘れられない。アタシからすれば単なる彼女の悪戯に巻き添えをくらった感が実際あるのだが、それでも彼女の瞳にはアタシに何かしらの罪の意識を植え付けるかのような力があった。しかもその後、国語の授業で読んだのは芥川龍之介のトロッコで、アタシは何か神様にもてあそばれているかのような焦燥感を覚え、そのまま泣き崩れて保健室行きとなった。

あれから20年。ミホは高校を出て、普通に社内恋愛で結婚をし、今は二児の母親だという。
トンネルの先には、幸せな現実が待っていたというのに。トンネルを逆戻りしてしまったアタシはいまだに、真っ暗な暗闇をフラフラと歩いている。この先に、元いたホームは待っているのだろうか。窓の外側に広がる光景を眺めてみる。アタシはこんな暗がりをたった一人で10時間以上も歩けるのだろうか。

「タバコある?」
アタシがそう言うと、メタボは「ここ、禁煙だよ」と言いながら、もうすっかり真っ赤になった頬をピクピクさせて笑った。


***

函館駅で降りて、近くに海鮮丼屋で、1980円のうにいくら丼を頬張る。ビールも二本注文した。メタボは相変わらず食欲はないようで、真黄色のウニを口からピチャリと出しながらモゴモゴと食べている。ちょっとしたホラー映画のようだ。

「乾杯しようか」
アタシが何気なくそう言うと、「そうだね」とメタボは急にくぐもった顔をした。自分が何か単なる旅行者のようで申し訳ないなというキモチになっていると、ケータイ電話が震えて見慣れない番号が浮かび上がった。

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