ESCAPE
「男っていいよね」
「おしぼりで、顔ふけるから?」

メタボがそう言うと、アタシは彼の顔を見て笑った。糸くずが頬の上にくっついていたので、とってやる。

「つーかさ、おしぼりで顔吹く前に鏡見る人初めてだよ」
そう言った彼は、アタシのほっぺに手を伸ばし、2cm大の糸くずをそっとつまみ上げた。

「アハハ。ごめーん」
「とりあえず、乾杯」
「何に?」
「おしぼりがもたらす爽快感に」

カチン。よく冷えたビールが喉を通り、ゆっくりと胃壁にしみこんでいく。今度は胃の中をリフレッシュする番なのだ。

***

函館山でいかすみソフトを食べながら夜景を眺める。半径10m四方に腰に手を回した、冴えないカップル達が四組。アタシとメタボは、横幅50cmの微妙な距離を保ちながら、透明度の高い空気の向こうに見える、宝石玉みたいな景色を眺めている。はたから見れば普通のカップルなんだろう。傍から見なくてもアタシたちがわけありのつがいだなんて誰も思いやしないだろう。普段はせんべい片手に、「警視庁特捜部24時」なんつーのを見ながら、「せちがらいね」と漏らしているおばはんまでもが、タプタプのワキバラを引っさげ、気分はロマンチックなシンデレラのように腰に手を当て眼下の景色を眺めている。
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