ESCAPE


「花ちゃん。おねがーい」
リュウさんからの内線電話を取ると、美恵子が「いいなぁアタシ、最近全然指名ないからなぁ」とわざとらしいイヤミを言った。仕事がないのはこっちのほうだ。今じゃ、週6で働いても、日に二人つけばいい方で、手取りにすると月収はOL時代のそれと大差はない。
ホストクラブ通いはやめたし、借金も何とか返済したけれど、今のアタシに普通のOLやフリーターに戻れるような気力はない。一日のほとんどを待ち時間に費やすから、その間は唯一の趣味の読書に励むことにしている。ブックオフで100円で買った文庫本を丹念に読んでいくのだ。正確には、活字を目で追っているだけなのかもしれない。しかし、そうしていると不思議と気分は落ち着いてくるもので、怠惰なアタシには、ピッタリな暮らしなのかもしれない。だからといって、気分上々とはいかず、たまに早々に鬱気味になると、シャワールームで、貝印剃刀で腕を切ってしまう。以前は、カッターでバカスカやっていたが、それだと跡が残って客がつかないとリュウさんに激怒されたので、以来、貝印を愛用している。真っ赤な鮮血が、シャワーヘッドから流れる流水でサラサラと小さなせせらぎを作っていくと、自分はそれでも生きているんだなぁと、おっさんのような深い感慨を抱き、キモチはやすらいでいくのだ。
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