俺様副社長のとろ甘な業務命令
「すっ、すみません!」
謝りながら、よろけた腕を掴んで支えられていたことに気付き、慌てて姿勢を立て直す。
再度謝罪をしようと顔を上げて、一瞬固まってしまった。
見上げるほどの長身と、整った凛々しい顔立ち。
大抵の女子なら見惚れてしまう容姿と言ってもいいほどだった。
綺麗な髪はアップバングにきちっとセットされ、汚してしまったスーツも多分かなりいい物だと思われる。
バチッと切れ長の目と視線が合って、血の気が引くのを感じた。
「あのっ、申し訳ありません! クリーニング代はお支払いさせていただきますので」
「その必要はない」
「えっ、いや、そんなわけには」
あっさりお断りされても、私的に、というか会社の為にもそれはまずい。
何とか落ち着きを取り戻しながら名刺を取り出す。
「私、こういう者です」
「……広報宣伝部、斎原佑月、か」
受け取った名刺に目を落とし、確認するように読み上げる。
やばい、どうしよう、どうしたら、なんて心臓が心地悪く音を立てる。
「あの、やっぱりクリーニング代のお支払いはさせてください。こちらの不注意なので」
「広報が新商品の調査で街頭にも立つのか」
「え? あ、はい……」
「ふうん。色々やらされるんだな」
スーツの内ポケットから自分の名刺ケースを取り出すと、話は終了とばかりに受け取った名刺を納める。
動揺したままでいる私に構わず、「じゃ」とその場を立ち去っていってしまった。
「え、あっ、あの!」
焦って声を掛けてみたものの、凛とした広い背中はどんどん遠ざかっていく。
あっと言う間に渋谷の人ごみに紛れて見えなくなってしまった。