俺様副社長のとろ甘な業務命令
「え……?」
私の声の語尾に被るようにして届いた颯ちゃんの言葉。
話の展開から“あの人”が誰なのかはすぐに理解した。
急に何を言い出すのかと呆然としてしまう。
「そ、そんなわけないじゃん! 何でそんな」
「じゃあ、今度来る予定ってことか」
「え? だから、そんなわけ! 急に何言ってるの?」
「だって、さっき買ってたその本……その為のじゃないの?」
そう言った颯ちゃんの視線は、カウンターに置かれたレシピ本へと向けられている。
『カレご飯』のタイトルがやたら主張しているように見えて、咄嗟に本を袋の中に押し込んでいた。
「これは、違うし。それに、ここに来たことも来ることもあるわけないじゃん。やめてよ、変なこと言うの」
副社長のことでこの本を買ったのは確か。
でも、ここに来るなんて事は有り得ない。
半分が嘘で半分が本当のこと。
だけど、何をどう説明したらいいのかわからずそれ以上言葉が出てこない。
何より、颯ちゃんが急にお堅い空気を纏ってそんなことを言ってきたのが私を黙らせる。
おかしな空気が漂っている中、救いの手を差し伸べるようにケトルのお湯が沸騰を始めた。
「アールグレイとさ、ダージリン、どっちがいい?」
火を止め、話を変えるようにして茶葉の缶が入る引き出しに手を伸ばす。
颯ちゃんに背を向け、無駄に引き出しの中をガサガサと漁っていた。
一体、急に何を言い出すのだろう?
おかげで鼓動が心地悪い音を立てて鳴っている。
気持ちを落ち着かせるために小さく息を吐き出しながら、何か他の話題……と考え始めたそのタイミングだった。
「っ?!」
突然、背後から両腕ごと抱き締められていた。