俺様副社長のとろ甘な業務命令


「ごめん……」


今度は一転して、弱ったような声音で謝る颯ちゃん。

どうすることもできないまま、静かに私を捕まえる腕が解かれていく。

すぐ背後にあった気配が遠退くのを感じて、やっと颯ちゃんに振り返った。


「今日はもう帰るよ」


私から離れた颯ちゃんは、自分の荷物を持つと玄関に向かって踵を返す。

何となく視線を彷徨わせたまま動けずにいると、キッチンを通過する間際で颯ちゃんの足が止まったことに気が付いた。

目が合った颯ちゃんは、いつもの柔らかな表情を消していて、一瞬知らない人に見えてしまう。

心臓が掴まれたようにギュッと痛んだ。


「いつまでも、隣のお兄ちゃんでいるつもりないから。覚えておいて」


颯ちゃんの声を最後に、部屋には再び静寂が訪れる。

玄関のドアが閉まる音を立てると、その場に力無く座り込んでしまっていた。


なんの予告もなしに告げられた颯ちゃんの気持ち。

それはあまりに突然で直球で、気持ちの整理が追い付かない。


幼馴染みという壁をぶっ壊して現れた颯ちゃんに、これからどんな顔をして会えばいいのだろう。



『いつまでも、隣のお兄ちゃんでいるつもりないから』



最後に聞いた宣言とも言えるその言葉が、しばらく耳の中に残って離れなかった。


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