俺様副社長のとろ甘な業務命令
まずい。
つい現場の空気に圧倒されて、挨拶に行きそびれたのが気に障ってしまったのか。
今にも撮影が始まりそうな雰囲気だったから、タイミングを見計らってと思っていたけど、やっぱり先に行くべきだったのかも……。
「あ、おはようございます。申し遅れました、私『CHiC make tokyo』の斎原と申します。今回は当社のCMオファーを受けていただき――」
「翔君は?」
「えっ?」
かける、くん……?
「えと、あの」
「高宮翔。姿が見えないんですけど」
か、翔って、そうか、副社長の名前!
でも何で?
何でこの子が副社長の名前を?!
「申し訳ありません。本日、高宮は別件で不在でして」
どういうこと?という個人的な疑問は押し込め、ビジネスモードで副社長の不在をお知らせする。
それを聞いた樋口朱里は、印象的な大きな瞳を細め、あからさまに不満気な表情を露わにした。
「不在? じゃあ、今日ここには来ないって事ですか」
「あ、はい……申し訳ありません」
「何それ……翔君の会社のオファーだったから受けたのに、それじゃあ意味ないじゃん」
え?えぇ?
一体、どういうこと?
「朱里ちゃーん、そろそろカメラテスト始めるよー」
監督に呼ばれ、樋口朱里はくるりと背を向け足早に去っていく。
駆け寄ってきたスタッフに囲まれるその姿を目にしながら、頭の中はクエスチョンマークがひしめき合っていた。