俺様副社長のとろ甘な業務命令
「もしもし……」
出した声が緊張しているのが自分でもはっきりとわかった。
変な間の後、久しぶりに聞くよく知る声がスマホを通して耳に届く。
私と同様、颯ちゃんの声もどこか緊張に包まれているように聞こえた。
『今、大丈夫か?』
「うん、ごめん。ちょうど会社出てエレベーターだった」
『そっか。じゃあ……今から少し会えないか?』
「え、今から……うん、わかった」
「待ってる」と言った颯ちゃんに呼ばれたのは、五十三階にあるレストランだった。
このビルに勤め始めて数年が経つけど、未だ訪れたことがないそこは、普段気軽に入れるレストランではない。
美香子が以前、当時付き合っていた彼氏に連れて行ってもらい後日感想を聞いたけど、敷居が高くて終始緊張しっぱなしだったと話していた。
でも、そんな場所に呼ばれたことよりも、今の私には、颯ちゃんに会うということの方が緊張の度合いが遥かに勝っている。
次会ったら、どんな顔をしたらいいのか。
何を話したらいいのか、正直戸惑う。
もう、よく知っている颯ちゃんは会えないような気がして、怖くも思う。
初めて訪れた五十三階のレストランは、美香子の話通り立ち止まってしまうほど入りづらい高級感が漂っていた。
すぐに礼儀正しいウェイターの男性がやって来て「ご予約でしょうか」と尋ねてくる。
名前を告げるとすぐに店内へと案内された。
せっかくこんな優雅な場所に来れたというのに、私に辺りを見る余裕はもちろんなく、自分のつま先一点を見つめたまま奥へと進んでいく。
「こちらへどうぞ」という声にいよいよ顔を上げると、待っていた颯ちゃんとバチっと視線が重なった。