俺様副社長のとろ甘な業務命令
「何ぼさっとしてるんだ」
「へっ」
薄っすらと目を開けながら、シュルシュルッという音を耳にする。
長い腕が私を跨いでたどり着いていたのは、助手席のシートベルト。
カチャと装着する音がした。
「あっ、すみません! ちょっと、高級車で緊張しちゃって、あはは……」
「何だそれ」
つい誤魔化しに出たとぼけたセリフに、副社長は意表を突かれたのかフッと笑みを見せる。
ほんの少しだけど初めて笑った顔を見れて、『あ…』と思った。
何だ、笑ったりするんじゃん……。
「同乗者もシートベルトしないと、俺が捕まるから」
「あ、はい。すみません」
急に近付いた距離に、心臓がドキンドキンと音を立てている。
何を勘違いして、緊張してるんだか。
この動揺がバレないようにと、窓の外に目を向けた。
二人で外出するのとか、絶対気まずい空気が流れるんだろうなと気が重かった。
だから車での移動と言われて、電車みたいに人目は気にならなくて済みそうとちょっと気が楽になったけど、考えてみれば二人きりはそれはそれで気まずいことに気付く。
車を出してしばらくしても、車内には沈黙が流れ続けていた。
気を紛らわすために資料を取り出し、最終チェックを始める。