続*おやすみを言う前に

「先越されたわ。」

「へ?」

「帰ったら俺が謝ろう思ってたのに。」


荷物をダイニングのテーブルに置いて、その先の麻衣子の前まで。

あと一歩の距離まで近づくと、下を向いていた視線が上に戻ってきた。目が合う。


「ほんまごめん。」

「ううん。」

「昨日のは、ただの八つ当たりやった。仕事でトラブって苛々して、そんで麻衣子に酷いこと言うた。」

「うん、もういいよ。お互い様で仲直りにしよ?」


ぱっと明るく、にこっと笑顔になった。そんな彼女の表情ひとつで、疲労がすうっと消えてゆく。

その瞬間、思わず抱きしめていた。


「なんで家事なんかしてんねん。部屋ぴっかぴかやし、カレーも作ってるし。」

「カレーって気分じゃなかった?」

「ちゃう、俺ちょうどトンカツ買ってきてん、カツカレー出来るやん。打ち合わせもせんと噛み合うって偶然っちゅうか運命やん、てそういう話でもなくて。」


ノリツッコミ?とけらけら笑う麻衣子を、もう一度真正面から見つめる。

透き通る瞳は俺を掴んで離さない。強力な磁石みたいに。
< 36 / 98 >

この作品をシェア

pagetop