続*おやすみを言う前に
「先越されたわ。」
「へ?」
「帰ったら俺が謝ろう思ってたのに。」
荷物をダイニングのテーブルに置いて、その先の麻衣子の前まで。
あと一歩の距離まで近づくと、下を向いていた視線が上に戻ってきた。目が合う。
「ほんまごめん。」
「ううん。」
「昨日のは、ただの八つ当たりやった。仕事でトラブって苛々して、そんで麻衣子に酷いこと言うた。」
「うん、もういいよ。お互い様で仲直りにしよ?」
ぱっと明るく、にこっと笑顔になった。そんな彼女の表情ひとつで、疲労がすうっと消えてゆく。
その瞬間、思わず抱きしめていた。
「なんで家事なんかしてんねん。部屋ぴっかぴかやし、カレーも作ってるし。」
「カレーって気分じゃなかった?」
「ちゃう、俺ちょうどトンカツ買ってきてん、カツカレー出来るやん。打ち合わせもせんと噛み合うって偶然っちゅうか運命やん、てそういう話でもなくて。」
ノリツッコミ?とけらけら笑う麻衣子を、もう一度真正面から見つめる。
透き通る瞳は俺を掴んで離さない。強力な磁石みたいに。