続*おやすみを言う前に

「なんで着替えとんねん。」

「どこ行きたい?見て見て、水族館とか彫刻の森美術館っていうのがあるよ。」

「スルーすんのやったら押し倒すぞ。」


身体を起こし近付く素振りを見せると、麻衣子は雑誌をめくる手を止めた。まだ濡れたままの髪と桃色の頬。困った顔を上げ視線の置き所に迷っている。


「拓馬が変なこと言うから。」

「自分の彼女やらしい目で見て何があかんねん。」

「ほら、また。」


他の女をそういう目で見たら怒るくせになあ。

ここに引越しをする数日前、急な残業続きの日々で荷造りが間に合いそうになく、麻衣子が手伝いに来てくれたことがあった。

見られたくないものは先に処分してあったはずが、ベッド下の奥の奥の方から埃を被ったアダルトなDVDが出てきてしまった。しかもそれを見つけたのは麻衣子。

「ふーん、拓馬もこういうの見るんだ。しかも買ってるし。」

問答無用でゴミ袋に放り込んだ後、麻衣子は初めて聞く冷たい声で言い放ち、ちゃうねん買ったんやなくて貰ってん、というささやかな言い訳も無視された。そこから荷造りが終わるまで一言も喋ってくれなかった。

あれはあれで新鮮やったな。それまで異性関係で何か言われたこともなければ、怒られたこともほとんどなかったから。

なんや、普通の女の子みたいにこうゆうの怒るんや、と不謹慎にも口元が緩んでしまった。

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