続*おやすみを言う前に
「ねえねえ、小高せんせーって彼氏いるの?」
穴埋め問題を解いていた摩鈴ちゃんが、不意に顔を上げて訊いてきた。
気温が三十五度を超えたらしい午後、冷房の良く効いた室内のパーテーションで区切られた一角で、私は中学二年生の摩鈴ちゃんに英語を教えている。
「え、うん。」
「そうなんだ!せんせーの彼氏ってどんな人?年上?年下?カッコいい?」
夏期講習を受けに来るだけなのに、毎回髪を毛先まで真っ直ぐにストレートアイロンで伸ばしてくる彼女の爪には、夏休みに入ってから水色のマニキュアが丁寧に塗られている。
その水色が目に入り、動揺を抑えて気を取り直す。
「摩鈴ちゃん、まだ問題終わってないでしょ。お喋りはやることやってから。」
「はーい。」
素直に問題に戻る彼女は英語が大の苦手だ。
とりあえず手が動いていることを確認して、先ほど貰った一学期の通知表のコピーを再度眺める。
英語は2、他はほとんどが3で国語と体育が4。
成績は中の中。まだ二年生だから諦めることはないけれど、彼女の志望校である可愛い制服の進学校には到底足らない。
国語は元々得意科目だし、暗記中心の理社も時間さえかければ何とかなるだろう。数学もしょっちゅうするケアレスミスがなくなれば伸びるはず。せめて英語も他の科目の足を引っ張らないくらいまでは上げなくては。