不埒な男が仕掛ける甘い罠
頬に残る雫を彼の親指が拭っていく。
特別な意味はないとわかっているのに、私の鼓動が小さく跳ねた気がして確認せずにはいられなかった。
うつむいた頭をワシャワシャと撫でられ顔を上げると、新ちゃんが笑っていた。
「泣いてた理由、言いたくなったらいつでも聞いてやるから…とりあえず、飲みに行くぞ」
新ちゃんに気を使わせてしまったと落ち込む私を置いて先を歩き出す背を慌てて追いかけた。
「待ってよ…」
「ほら、早く来い」
小さな時のように追いかける私に手を差し出して待っててくれる。
思わず、昔のように手を繋ごうとした…
触れるギリギリのところで思い留まる。
もう、子供じゃないのに…いつまでも妹扱いなんだろう。
しばらくの沈黙。
「…ごめん」
「何が?」
ほらいくぞと私の背をその手が押した。
なんだかわからないけど、一瞬だけ胸の奥に痛みが走った。
その事に気がつかないふりをして、彼の横を歩いていく。
走っているタクシーを止め、行き先を告げる新ちゃん。
「てっきり、おじさんのお店に行くんだと思ってた」
「まだ俺、出禁なんだ…」
「おじさんのお許しが出たから戻って来たんじゃなかったの?」