【完】もっとちょうだい。
なんでそんなこと、言ってくれるんだろう。

余計泣きたくなるじゃん。


「え?泣かせた?俺?」


慶太くんが慌ててる。


「これは悲しい方のじゃないから、大丈夫……っ」

「……っとに芙祐ちゃんは」


フェイスタオルに顔をうずめてるあたしの方へ、ふわっと、アロンの香水匂いが近づいた。


「ちゃんと幸せんなってよ……」


嘆くみたいにそう言いながら、慶太くんはあたしを抱きしめた。


かたい胸板。匂い。慶太くんの優しい力加減。全部懐かしい。

途端に左胸が激しく鼓動して。


「……け、」


けいたくん、の“け”しか言えなかった。


「あ、ごめん……!」


バッと勢いよく離れた体。


「な……俺……。なにしてんだろうね。うわ、ごめん!」


珍しく動揺してる慶太くんに、あたしまで伝染。


「う、ううん。大丈夫……」

ぶんぶんと首を横にふる、しかできない。


「なんていうか、ごめん。俺もう、なにしてんのかな……」


しどろもどろな慶太くんが真っ赤な顔で苦笑いしてて、あたしもつられて真っ赤になっていくのが分かる。

「大丈夫だって。ほら、慶太くん、海外の影響があるから。挨拶替わりだもん」

なんてよくわからないことを言いながら

あたしは地面のほう、慶太くんは窓の外のほうを向いた。


抱きしめられる前の涙は止まって、抱きしめられてる最中より心臓がはやい。


「け、慶太くん、ちゃらい」


って。気を遣って、いつもみたいに言ったら。


「俺の名誉のために言わせて。誰にでもこんなことはしないからね」



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